第7話

白いシャツに夏が透ける
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2018/06/17 02:51
先輩の白いシャツが雨に濡れ、その下に着た青いTシャツが透けている。白いシャツの上からでも、その青さは鮮やかだった。私は、その色に目を奪われる。
コバルトブルーだ、と私は吐息を漏らすように呟いた。先輩が振り向いて、聞き返すように私を見つめる。私は先輩に笑いかけながら、

「まるで、白いシャツに夏が透けているみたいですね。」

と言った。

先輩が濡れたシャツを見る。
私は自分で言っておきながら、あまりにも詩的な表現に頬が熱くなった。きっと赤くなっているであろう頬を先輩に見られたくなくて、椅子に置いた鞄からタオルを取り出そうと背を向ける。ゆっくりとファスナーを開けると、直後に見えた裸で転がるスナック菓子に、思わずうっ、と声が漏れた。そのまま見なかったフリを決めこんで、タオルだけを取り出す。
タオルの繊維に乗っかったスナック菓子のカスを軽くはたいて、雨の雫が流れる額を拭いた。


「すごい雨だなぁ。」

先輩もタオルで濡れた顔を拭きながら、どんよりと重そうな空を眺めている。

「夕立ちだろうし、すぐ止みますよ。」

私がそう言うと、先輩は何か思い出したかのように、ズボンのポケットに手を入れた。
なんだろう、と眺めていると、先輩が何かを握った手をゆっくりと私の前に差し出した。

「手、出して。」

そう言われておずおずと差し出すと、先輩の長い指が静かに開いて、ちりん、という鈴の音の後に、私の手の中に柔らかなふわふわとしたものが落ちてきた。
慌てて、もう片方の手も差し出してそれを受け止める。
そして、ゆっくりと手の中をのぞくと、そこには鈴のついたクマのキーホルダーが横たわっていた。

「え、これ、どうしたんですか?」

クマのキーホルダーと先輩の顔を交互に見ながら、私は少し上ずった声で聞く。
まん丸のぱっちりとしたかわいらしい瞳に、ピンク色に染まるほっぺた。思わず指先でつついてしまいたくなるほど、柔らかな曲線を描くお腹。ミルクティーのような優しい体の色は、クマというよりどことなく犬にも見えた。女子なら誰もが思わず、かわいい、と言ってしまうほど、そのクマのキーホルダーはかわいかった。

「昨日、友達とゲーセンで取った。」
「すごいかわいい!嬉しい、ありがとうございます。」

麦は、弾けんばかりの笑顔を、先輩に向ける。
隠れてしまった太陽は実はここにあったのか、と思ってしまうほどの笑顔だった。

先輩は何も言わず顔をそむけると、大分おとなしくなった空を見上げた。
不機嫌そうな先輩の横顔は、ほんのりと赤く染まっていて、麦はこみ上げてくる嬉しさを幸せそうに噛みしめる。
すると、不意に先輩が振り返って、少し下に視線を落としながら、「お前に似てるな、と思ったんだ。」と言った。

さっきまで静かだった蝉が、鳴くことを思い出したように、1匹だけ鳴き始めた。
それに続いて、他の蝉たちも、じじじっと鳴き始める。あっという間に、また蝉の声で騒がしくなった。
気づけば、雨は大分降りやんでいて、軽くなった雲が満足そうに風に流れていく。

先輩は、古ぼけた停留所から足を外に一歩踏み出す。
私は、先輩がどんな表情をしているのか分からない。
だけど、1人先に外へ出ていく先輩の耳が、熟れたリンゴのように赤かった。


「帰ろう。」という先輩の声に、私は小さくうなずく。そして、錆びた長椅子の上に置いた鞄を肩にかけた。歩き始めた先輩を追うように、少し走ると、キーホルダーについた鈴が涼しげに鳴った。


名残惜しそうにぱらぱらと降る、細い雨。
どす黒さが抜けた雲の切れ間から、青い空がのぞいた。
やがて、太陽の光も雲の隙間から顔を出し、まるで、空から梯子が伸びるかのように地面を照らした。
ぱらぱらと降る細い雨が、太陽の光に照らされてきらきらと輝く。
それはまるで、星のかけらが降っているかのようだった。

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