やっちゃった。やってしまった。
祐生と高星さんがキスしようとしていると勘違いしたあげく、生徒会の会議に乱入してしまうとか、私ってば最低すぎる!
いてもたってもいられなくて、私は「すみません、失礼しました!!」と頭をさげる。
そのまま逃げようとすると。
茶髪の男子生徒が私を呼び止めた。
これは困った。だって話なんてないんだもの。
祐生が「彼女は俺に用があったんだと思うので」と助け船を出そうとしてくれる。
けど、茶髪男子は祐生の提案をことわった。
祐生を強引にだまらせて、秋月会長と呼ばれた茶髪男子が私を見下ろす。
どうやら彼は生徒会長らしい。
言われてみれば、生徒会長は秋月とかいう名前だった。
どこで見たんだっけ? なかなか思い出せない。
とまどっていると、秋月会長が「行くぞ」と私を廊下に連れだした。
そのさい、秋月会長は壇上の女子生徒に声をかける。
秋月会長が女子生徒に告げた。
ぱたん、と扉が閉められた。
美人の転校生、高星桜。
祐生と仲がいいと噂で、私のライバルと思わしき女子。気にならないわけがない。
私はあらためて、秋月会長にむきなおり頭をさげた。
腕を組んだ秋月会長が私を見下ろす。
反省して「次からは気を付けます」と神妙に言えば、秋月会長は「それならいい」とうなずいてくれた。ほっとひと安心だ。
説教を終えた秋月会長が、不審げに私を見た。
ちらり。私は情報科教室の扉を見た。
気になっているのはたったひとつ。
結局、キスってなんのことだったの? ってこと!
できることなら、今すぐ盗み聞きを再開したいくらいだ。
とはいえ、そんなよこしまな気持ちを素直に言うわけにもいかなくて、だまってチラチラと情報科教室の扉を見る。
私の視線に気づいた秋月会長が首をかしげた。
「ただの会議だぞ?」と秋月会長はふしぎそうに私を見る。
秋月会長が扉を細く開け、小声で説明をつけくわえてくれる。
扉の隙間から私がまず見たのは、壇上の女子生徒のこと。
すきとおるような白い肌。すらりとした手足。さらさらと音がしそうなきれいな髪。
大きな瞳は長いまつげにふちどられている。ちょっと気が強そうな美少女だ。
見ているだけで、ため息がこぼれそうになる。
ああいうひとはパンダのモコモコくつしたなんて履かないんだろうし、ましてや幼なじみがキスしていると思い込んで会議に乱入したりもしないだろう。なんでも完璧にこなしそうだ。
私が感想をこぼすと、秋月会長が冷たく返してくる。
私はそれも知らなかった。秋月会長がつけたすように言う。
大声を出すと、秋月会長ににらまれた。
けど、しかたないと思う。
だって祐生が王子なんて、はまり役すぎるもの!
なんで祐生はだまっていたんだろう。
いつもの祐生なら恥ずかしがりながらも教えてくれそうな話なのに。
すくなくとも私たちは友達のはずなのに。
祐生が何も話してくれていなかったことが気になって、胸のあたりがそわそわする。
なにもかもが不安でしょうがない。
秋月会長に聞いてみると、秋月会長は「ああ」と、うなずいた。
祐生と高星さんのキス疑惑は、あくまで舞台の話だった。
けど、それで私の心が晴れるわけじゃない。
「まぁそこまでする必要はないし止めるつもりだ」という秋月会長の声が耳を通りすぎる。
だって好きでもなかったら、いくら演技とはいえキスなんてできないと思う。
しかも高星さんは噂どおり、祐生と親しそうに話している。
ふるえそうになる指先をにぎりしめたとき。
秋月会長が「へぇ」と意地悪く目を細めた。
とっさに変な声がでた。
秋月会長が「うるさい」と顔をしかめて、扉をふたたび閉める。
だけどそんなことにかまっていられない。
恥ずかしさのあまり声がうわずる。
とたん、秋月会長は「やっぱりな」とつぶやいて。
急に距離をつめてきた。
とつぜん近づかれ、つい後ずさってしまう。
背中に冷たい壁が当たるのがわかった。
間近にせまった秋月会長と目が合う。
どうして壁際に追いつめられているのかわからなくて、私はそんなことを考えてしまう。
祐生と高星さんばっかり見ていたから、ちゃんと秋月会長の顔を見たのはこれが初めてだ。
強気な表情がよく似合う、髪と同じ色をした切れ長の瞳。自信にみちた笑いかたをする唇。
堂々とした立ち姿には、なんとなく圧倒される威厳みたいなものさえ感じる。
甘い雰囲気の祐生とは正反対のタイプだ。
見とれてしまいそうなほど、ととのった顔──。
ふいに気付いた。
私はこのひとを通学路で見たことがある。
口喧嘩をしていた女子生徒と男子生徒。恋愛予報が【雷】と【大雨】だったふたり。
『恋愛に興味はないし誰ともつきあう気はない』とか言って、男子は女子を振っていた。
あのときの冷たい横顔とは違い、みょうに楽しそうな顔で秋月会長がささやいた。
秋月会長の指摘に、私の顔が一気に赤くなる。
秋月会長が鼻で笑う気配があった。
「ちなみに」と秋月会長に目をのぞきこまれ。
拒絶をゆるさない口調で問いかけられた。
なにせ役職を決めるHRで、私は三角関係警報に悩んで空気になっていたので。
立て続けに変な質問をしてきた秋月会長は、満足したのか「ふんふん」とうなずいた。
秋月会長のひとりごとが聞こえる。
できれば今すぐ、ここから逃げ出したい。
けれど私が何かをするより前に、秋月会長が口をひらいた。
いったい何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
そもそもどうしてとつぜん命令形なのか。
まぬけな声をあげた私に、秋月会長は続ける。
あっさりと言われて全身から血の気が引く。
けど、目の前の秋月会長は本気のようだ。
にやり。
秋月会長は本当にあくどい笑いをみせて。
傲岸不遜に言いきった。
かくして私は秋月会長の強引な手段によって生徒会を手伝う羽目になってしまったのだ……。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。