事務所のインターホンが鳴らされたのは、それからさほど時間の開かない午後4時頃のことだった。
ドアを開けてみると、惨めなくらいに縮こまった三十路の男と、メガネをかけた小柄な女がドアのすぐ近くに立っている。
あまりに近かったため驚いて撃退しそうになったが、これは大事なお客様だと思い直し、俺は平静を取り戻した。
俺がドアの間隔を広げると、男とその秘書は辺りを警戒するように見回し、滑るように玄関に入ってきた。
事務所へ案内すると、綾波が散らかしていた駄菓子類は片付けられていて、いかにも商談にふさわしいテーブルへと変わっていた。
綾波が依頼者が来たことを察知して、慌ててそれらを隠蔽したんだろう。
今も何気なくうま○棒の食べかすを机から拭った。
完全に仕事モードに入っている綾波。
しかし、俺は見逃さなかった。
社交辞令の挨拶と、ビジネススマイルの僅かな間に、
――綾波の頬が失望にひくつくのを。
はっきり言おう、――今回の依頼者、滝沢 靖明の容貌は、お世辞にも整っているとは言えない。
俺が指し示したソファに向かい、眼前を通り過ぎる滝沢の頭は、ハゲていた。
我ながら、依頼者に対して失礼極まりない感情を抱いている自覚はある。
しかし、表情には一切出さない。
それは、隣に座った綾波も同じだ。
負の感情を一切顔に出さず、完璧なポーカーフェイスでミーティングを始める綾波だが、俺には分かる。がっかりしてる。
縋るような眼差しを俺たちに向けてくる滝沢。
綾波は淡々とした口調で話を進める。
これがイケメンだったなら……彼女はそれはそれは張り切るだろうに。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!