「__緊張、しますね」
少しの沈黙の後、椿さんが先に口を開いた。
「そう、ですね。
すみません、私から通話を希望したのに」
ただの言葉だ。
言葉は、自分の気持ちを代用する飾りだ。
それなのに、椿さんから貰う言葉には、
一言が短いからか情報量が少ないからか、深さを感じる。
___もう少し前からかもしれない。
私は、この時には、もう感じていたことがあった。
心の中でふと、風のように舞込んできたことがある。
『私、この人のこと、好きになる___』
それは予感か
それは勘か
それは感覚か
それは今の気持ちか
それは今後のことを考えてか
どこからきたのか
何を思ったのか
私にだって分からない。
そう、感じただけ。
声を聞いて、言葉を聞いて、
初めての会話をして、
自然と溢れただけのこと。
それが、すべてのきっかけだけど
たったそれだけが、全てになっただけのこと。
「いえいえ…あ、曲、聞いてくださってありがとうございます。」
「あ、いえいえ、とても素敵でしたよ。
過去作含め聞かせていただきました。」
「本当ですか!嬉しいです。
ありがとうございます。」
ああ、何故だろう。
むず痒い。もどかしい。焦れったい。もやもやとする。
焦りを感じてる自分に、更に焦る。
話したいことは全て心の中で糸のように絡まり合って、まとまらなくて、
手のひらは、熱い頬を抑えながら必死に脳内巡らせて言葉を探してる。
練習なんて意味がないということがたった今証明された。
何から話そう。
いくらでも話すことならある気がするんだ。
椿さんのこと、
何も、そう…、何も知らないのだから___
「柚さん、何か話すことあります?」
おいおい、その質問はなんだね、君。
そんな台詞を思わず言いたくなったが、
いやリアルのノリじゃないんだし…と呑み込んだ。
「いえ、特には…どうかしましたか?」
「いや、僕も話すこと考えてたけど特に見つからないので、『好きなものしりとり』でもしようかな、と」
どんなものかは名前の通りだと察した。
ここで確信を持つのも変かもしれないけれど、
さっき感じた風が今、私の中で確実な岩となった。
『多分私いつか、この人を好きになる』
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!