第4話

くもりのち晴れ4
76
2019/03/08 14:14
あなた

(うん、わかってた)

わかってたよ、この時間は電車が混むことくらい。
座れるかな、なんて甘いことは考えてなかったけど。
開く扉、流れゆく人、細長くて狭い箱の中にぎゅうぎゅうと人が詰め込まれる。
高すぎる人口密度は精神にも、肉体にも響く。
苦しいのはいつものこと、疲労困憊の身体には負担が大きすぎるのだった。
あなた

(はやく、つかないかな)

満員電車の一番嫌いなところ、それは人との距離が異常に近いとこ。
日常生活を過ごすうえでは絶対に近寄らないレベルまで近づく人との距離。
ちょっとした息遣いとか、布がこすれる音とか聞こえちゃうし、カーブに差し掛かった時の圧はいつまでたっても慣れそうにない。
そんなただでさえ憂鬱な帰り道の満員電車。
最近はさらに足取りを重くする原因が一つあった。
あなた

っ!?

足から届く嫌な気配。
ぶわりと鳥肌が立って背中に流れる冷たい汗。
足の輪郭をなぞるように動くその気配は上下してさらに不快感を与えてくる。
耳元にはぁはぁと呼吸を軽く荒げる感覚が響く。
誰のものかなんて確認したくないけれど、痴漢してくる張本人のものなんだろうか。
あなた

(これだから、満員電車は嫌なんだ)

今すぐやめてほしいけれど、へとへとになって疲れ切った身体で反抗するのもなんだか憂鬱で。
そんなこと思ってる場合じゃないのも知ってる。
ほんとはちゃんと今すぐやめてって叫んで、ここから逃げ出してしまいたいって思ってる。
でも、そんなことする勇気も気力もなくて、今日もこの恐怖に身をゆだねてしまう。
するすると足元を上下する、自分よりも大きな手。
良く回らない頭が恐怖信号だけを発し続けている。
最寄りの駅まで、三駅。時間にして15分くらい。
我慢、できるだろうか。
ねぇ、おじさん何やってるの?
最後の記憶は耳に優しく響いたテノールだった。

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