第7話

7、accelerando
124
2020/05/02 03:03
※第6話の続きです






不死川は病院の受付を通り、恙無く冨岡がいる病室の前に来れた。ドアを開けて、冨岡を探す。1番奥の右側のベッドに冨岡は居た。冨岡は不死川が来たことに大層驚愕した様子で、目をまん丸と見開いていた。


「よォ。冨岡ァ、久しぶりだなァ。」


「不死川!?ひ、久しぶりだな。」


「これェ、見舞い品だァ。」


差し出されたのはハーバリウム。顔に似合わない。これを不死川が買ってきてくれたのか。花に囲まれた不死川を想像して、冨岡は少し、笑ってしまった。


「冨岡ァ、あの時はすまねェ。ついカッとなってしまったァ。何もあんなに怒ることねェよなァ。悪かったァ。」


「いや、良いんだ。俺の言い方も悪かった。不死川、すまない。」


「でもよォ、“俺の音とは違う”ってなんだァ?俺は見下してるって捉えたんだがァ、違うんだろォ?」


「見下す!?そんなことないぞ!あれは、、」


ガチャ


冨岡の言葉を遮るように、扉が開いた。


「義勇、いるか?」


ヒョコッと顔を出したのは鱗滝錆兎と鱗滝真菰だった。


「錆兎居るぞ。」


「あっすまない。俺は邪魔だっただろうか?下がっていようか?」


錆兎の目線の先には不死川。


「大丈夫だァ。俺が下がるゥ。話も丁度終わったしなァ。じゃあなァ。冨岡ァ。俺は失礼するぜェ。」


「あっちょっと待ってくれ!」


冨岡がいる病室の扉の前の廊下、そこに錆兎と不死川は立っていた。さっき「ちょっと待ってくれ」と言ったのは冨岡ではなく、錆兎だった。


「鱗滝錆兎。義勇の、、まぁ幼馴染み的な存在だ。」


「そうかいィ。不死川実弥だァ。何の用だァ。」


「単刀直入に言おう。義勇のこと、大学内でも見ていてくれないか?義勇のことだ。また倒れるまでピアノの練習をしているのだろう?」


「アア、そうだなァ。良く倒れてるゥ。でも冨岡は見れねェなァ。」


「そこを頼まれてくれないか?無理を承知で言っていることはわかってる。頼む!」


「無理だなァ。そんなに俺は暇じゃねェしィ、冨岡とは、馬が合わねェんだァ。電話やらなんかして、冨岡に良く言えば良いんじゃねェかァ?冨岡もそんなに子供じゃね、、、、、いや無理だなァ。」


「だろう?無理だろう?頭を打ったと聴いて、肝が冷えたんだ。暫く意識を失っていて、ゾッとした。義勇は、家族みたいな存在だから。」


「でもなァ。俺には無理だァ。他を当たってくれェ。」


「、、、、、、。義勇には、家族がいない。知っていたか?特に姉と仲が良く、ピアノを一緒に練習していたと聴いた。ある時、義勇が俺に言ったんだ。“俺のピアノの音は決定的な1つが抜けているんだ”と、そんなことない、ちゃんと上手い。そう思った。そう言った。義勇は、“ありがとう。錆兎。優しいね”と、笑ったんだ。義勇。酷く、傷ついたような顔をして。」


顔は、良く見えなかった。俯いていたからだ。でも、声は、震えていた。今にも消えそうな、そんな声だった。


そんなことが、見張りとなんら関係があるのか。不死川はそう思ったが、口に出すのはあまりにも無粋だ。黙って、錆兎の話を聴くことにした。
「今、思えばその時から義勇から笑顔が無くなった気がするんだ。義勇はあんなに笑い方が下手くそだっただろうか。不死川。義勇がちゃんと笑ったこと、見たことあるか?」


錆兎の声は、やっぱり震えていて。


「微笑んだっぽいのは見たことがあるなァ。」


「義勇は、微笑みはするんだよなぁ。昔の義勇は涙が出るほど笑ったことがあるんだ。笑い声を上げてたんだ。俺の言葉が、あの言葉が、義勇の笑い方を奪ってしまったのでは無いか。どうしようもなく、そう思ってしまうんだ。」


もう泣いてしまいそうな声。


「、、、、。」


不死川は黙ってしまった。かける言葉が見つからなかった。彼の言葉に否定も、肯定も出来なかった。否定したら冨岡は実際に笑っていないじゃないか。となるし、肯定するのは、あまりにも酷すぎる。


「でも本当に分からないんだ。あの時どんな言葉をかけてやれば良かったのか。義勇のピアノは素人の俺でも上手いと分かる。音楽の知識など皆無に等しかった俺の助言など、“説得力が無い”そう、思われたのだろうか。」


「、、、、、。」


不死川はもう何も言えなかった。言葉が出てこない。言葉が声にならない。


「義勇が音大に行った後の事だ。最近よりちょっと前だろうか。義勇が電話をかけてきた。何時も俺からだったから少し、嬉しかった。嬉しそうな声で、“凄く上手くピアノを弾く人がいたんだ”と、“俺の音とは全く違う。俺が持っていないものを持っている”と。分かるだろう?不死川。お前だ。」


「アア、、あの時のォ、、、、。」


「義勇が持っていないものを、どうやら不死川は持っているらしい。それを見つけて欲しい。俺じゃ、無理だった。むしろ義勇を傷つけてしまった。俺も努力したんだ。義勇に無いものを見つけようと、ピアノを練習した。才能、なのだろうな。ちっとも上手くならなかったし、俺は、駄目だと、言われた。いや厳密には言われていないけれども。俺は、義勇がかけてほしい言葉をかけてやれない。友達なのに!親友なのに!悔しくて、悔しくて、仕方がないんだ。」


「そう、かいィ。。。」


やっと出た言葉がコレ。不死川は自分で呆れた。


「だから、不死川!頼む!お願いだ!頼まれたくれ!」


錆兎が頭を下げた。



「分か、ったァ。でも、俺にも無理かもしれねェ。俺は短気だからァ。第一、俺さっきまで冨岡と喧嘩してたんだァ。」


「義勇は優しいからな。謝ったら許して貰える。喧嘩は大丈夫だ。」


「そう、かァ。親友の言葉は力強ェなァ。」


「あはは。そうか。ありがとう。」


存外に子供っぽい笑い方をする奴。不死川はそう思った。


「不死川。悪いな。巻き込んでしまって、不死川も暇では無いんだろう?」


「情けをかけてきた奴に言われたかァねェよォ。随分、狡い手を使ってきやがるゥ。ま、別に良いぜェ。冨岡と最初に関わった時から、何となく嫌な予感はしてたしィ、突っ込んでしまったんならァ、最後までやるぜェ。」


「あれ。バレてたか。自分でも男らしくない、狡いと思ったんだが、義勇がやっと苦しみから抜け出せる日が来ると、やっとちゃんと笑える日が来ると思ったら、行動せずにはいられなくてな。友が辛かったら、助けてやる。それが、友だろう?」


「冨岡の友ねェ、、。大変だろうなァ。俺は成りたくねェ。」


「いや、本当に。大変なんだ。ピアノばかりで飯は食わないし、食べても口の周りいっぱいつけるし、忘れ物も酷くて、何度体操服を借りられたか。何も無い所で転けるし、、、、。ハァアアアアアアアア(クソデカため息)」


いや、分かるぜェ。鱗滝ィ。


「でも傷つくようなあの笑みは忘れられない。人の心を勝手に掻き回してくるんだ。けれど憎めない。そんな奴だ。義勇は。」


「褒めてんかァ、貶してんのかァ、分かんねェなァ。」


「不死川。俺は少し、お前が妬ましい。」


「えっ妬ましいィ?」


「じゃあな!不死川!上手くやれよ!」


錆兎はもう冨岡がいる病室に消えていた。


「えっ?」


不死川は呆然と廊下に立っていた。目が点になっている。
「妬ましい」ってェ、あんな清々しい笑顔で言うこと無いだろォ。








「錆兎は錆兎がしたいのをしなよ。」


義勇のあの優しい微笑み。義勇はそう言った。錆兎は思い出していた。錆兎が慣れないピアノの練習をしていた時だった。義勇はきっと善意で言ったのだろう。分かっている。錆兎には
「俺と同じ、音楽の道には進まないでくれ。」
そう聴こえた。
「俺の音楽の道には錆兎はいない。手を突っ込まないでくれ。」
そう聴こえた。そう、俺には才能も無かったし、音楽の道に進むのは、駄目だと、言われた。
作者
作者
錆兎ぉお。錆兎ぉお。お前って奴はぁぁ。親友なのに。こんなにも近くに居るのに。助けられない。こんなにも辛いことってないですよね。辛いのは彼なのに、こっちが泣きそう。そう感じますよね。こんな気持ちに何年も戦ってきた錆兎凄い強いですよね。で、最終的に彼を助けるのは錆兎じゃなくて他人っていう。そりゃあ妬ましくも感じますよね。

プリ小説オーディオドラマ