ブーブーブー
ポケットの中で震える携帯
「はいもしもし」
『今夜』
「はいわかりました」
また今夜1人この世から居なくなることのお告げ
俺が殺し屋を始めて暫くたった頃入ってきたのが慎だった
以前と俺と同じように怯えた目
自分がとんでもないところに来てしまったというようなそんな顔を俺は今も覚えている
でもすぐにその目は光を失って簡単に拳銃とナイフを扱うようになった慎
人はすぐ人じゃなくなる
その時俺もこうなったのかと思って初めて怖くなったんだ
俺たちは殺し屋という仲間なのかもしれないけど俺を殺せという依頼が来たら慎は躊躇なく殺るだろう
そういう意味では仲間なんて居ない
一匹狼
だから俺の名前もおーかみ
「そう言えば。この頃話題になっている1匹狼の存在をご存知ですか?」
「もちろん。どこの署でもチラチラと耳にしますからね」
「本当だと思いますか?」
「いやまさか。現に医者の死亡届けがありますし…しかも単独犯でしょ?無理がありますよ」
「ですよね」
大丈夫?
そんな暖かい言葉を掛けてくれる人なんて1人も居ない
皆、次は自分が怒られるんじゃないかとビクビクしてデスクに顔を伏せるだけ
今回の取引先はたしかにうちと親密だけど、たいしたプロジェクトって訳じゃないのに
昨日1社契約を解除されたからきっとむしゃくしゃしているのだろう
部長に解除理由を伝えたらどんな顔をするのか。楽しみで仕方がなかったのに契約解除という話を聞いてから、部長は近くの椅子を蹴飛ばすだけでそれ以上追求してこなかった
「お宅の部長さん?ですかね。とにかく感じが悪いんですよ。表ではいい顔してらっしゃいますけど実際どうなんです?」
電話の向こう側の言葉だけでいつもの心のモヤが少し晴れたようだった
言葉を濁しつつも内心その通りですと伝えたかった
結局仕事を終えたのは夜中の2時
1人も居ない真っ暗な社内
こんなにもブラックなのに誰も何も言わない。言えない
部長はサービス残業ですよとニコニコ笑ってるけどその顔はもう悪魔としか思えない
毎日誰が1番最初に過労死するのか
そのカウントダウンと戦うだけ
今日はいつもに増して遅くなってしまって家に帰るのも気だるい。
冷たい外の風の鋭さはまるで今日私に向けられた視線のよう
ネオン街が見える
おーかみくんは今日も居るのだろうか
だったら会いたい。またあの時の好きという感情に浸りたい
スマホに映る自分の昼の顔
クマも酷いし顔には血色がない
今日は辞めておこう。
コンビニで買ったビールを片手にビルとビルの間に腰を下ろす
後ろで換気扇がけたたましく鳴る
まるで浮浪者みたいだけどそんなの気にならない
ガザッ
ビニール袋の音が聞こえて慌てて辺りを見回した
こんな時間。確かに物騒に決まってる
向こうの細い道を颯爽と駆け抜けていく後ろ姿が小さく見えた
おーかみくん?
恋の病だろうか
あんなに煌びやかだったおーかみくんが真っ黒な姿で夜の路地を駆け抜けるわけが無い
やっぱり家に帰ることにした
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!