私は大学二年になったこの春から、ここ洋菓子店・【ミラージュ】でアルバイトをしている。
仕事にはもう随分と慣れて、今では常連さんに名前を覚えてもらえるようになった。
幼い頃から甘いものが大好きな私は、今日に至るまで、たくさんのスイーツを食べてきた。
大学生になり、この店のアルバイトに応募して、店長のケーキを初めて食べた時。
〝ほっぺたが落ちそう〟なんて、簡単な一言では言い表せないくらいの衝撃が走った。
ミラージュの店長であり、パティシエである栗栖柊伍さんは、洋菓子業界で注目されている若手パティシエ。
二十三歳という若さで、国内の洋菓子コンクール優勝。
その後、世界の洋菓子コンクールでも上位入賞を果たし、二十六歳でこのミラージュを出店した。
彼が作ったスイーツは、見た目のかわいさや美しさはさることながら、甘さも食感も香りも、全てが今までで一番だった。
私がこの店のアルバイトに興味を持ったのも、休憩中のまかないで、店長の作ったスイーツが食べられるからだ。
クリスマスシーズンは、予約を開始したケーキ類が、一日で限定数に達して完売。
すると今度は、二十四日と二十五日に、お客さんが外に列を成すほど殺到した。
オープン以来、それほど絶大な人気を誇っている。
店長は照れくさそうに笑い、端整な顔を少しだけ崩す。
穏やかで優しい性格だし、アルバイトの私にすら丁寧に接するし、絵本の中から飛び出してきた王子様のような人。
閉店業務を終えると、店長が休憩室に試作品のガトーオペラを持ってきてくれた。
ガトーオペラは、フランス発祥のチョコレートケーキだ。
店長に質問しながら私の前に座ったのが、私と同じく二十歳で、アルバイトの飴谷慧斗くん。
彼はパティシエを目指して、洋菓子技術の専門学校に通っている。
この店では、パティシエの勉強も兼ねてアルバイトをしているけれど、資格を持たないのでまだ菓子作りには参加できない。
だから、試食の機会は彼にとって勉強の場でもあるのだ。
この店のバリスタ・伊豆純弥さんが、ティーポットに紅茶を入れて持ってきてくれた。
二十四歳で、才能のあるバリスタなのに、紅茶マイスターの資格も持っているという、店長にも負けないくらい万能な人。
店長とは、海外での修行中に出会ったらしい。
先に日本で就職していた純弥さんを、店長が「日本でパティスリーを開くから、バリスタとして併設のカフェを担当してくれないか」と誘ったところ、快諾したと聞いた。
見た目はちょっとチャラいけれど、格好いいし、仕事もできるし、頼れるお兄さんだ。
全てが整ったところで、ケーキにフォークを通して、一口食べる。
店長は、忘れないうちにメモをとっている。
一流のパティシエなのに、私たち全員が頷かないと、新商品を店に出さないことにしているのだ。
素人の私が混ざっているのは、『一般的な客の目線』が欲しいからとのこと。
それぞれが感想を述べた後で、全員が試作品を完食した。
純弥さんが入れてくれた紅茶も、チョコレートの味をしっかりと引き立たせつつ、ほっと落ち着かせてくれる。
この時間が、本当に幸せだ。
食器を片付けようとすると、珍しく慧斗くんの方から話しかけてきた。
【第2話につづく】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。