年が明けて、一月四日当日。
今年は三が日が終わってすぐ土曜日なので、街の中もまだまだ人でごった返している。
映画のチケットは、慧斗くんが前もって予約していてくれた。
売店でオレンジジュースを購入し、入場を待つ。
館内に入って自分の席を探している間、三人は扉近くの開けたところで、額を集めて何やら話し合っている。
こっちに進もうとする慧斗くんを、店長が引き留めている。
席に着いてしばらく待っていると、慧斗くんを先頭にして、ようやくこちらへとやってきた。
結局、私の隣に慧斗くん、その隣に純弥さん、店長と続いて座った。
店長と純弥さんは、珍しく不服そうに唇を尖らせている。
慧斗くんは、ほんの少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
映画は、シェフを目指す主人公と、パティシエールを目指すヒロインの、恋愛を絡めた成長物語。
美味しそうなお菓子や料理が、たくさん出てきた。
隣にみんながいることも忘れて、私は映画に見入っていた。
最初は互いをライバル視していたふたりが、それぞれの長所に気付き、やがて恋に落ちていく。
そして、キスシーンでは場内も静まり返る。
なかなか素直にならないヒロインに、ちょっと強引に迫る主人公の図に、照れてしまった。
思わずドリンクを手にとって飲んだけれど、中に入っていたのはアイスコーヒー。
私が買ったのは、オレンジジュースだ。
間違えて慧斗くんのドリンクを飲んでしまった。
わざとじゃなかったとはいえ、間接キスをしたのだ。
気持ちを落ち着かせるはずが、恥ずかしさと焦りで、余計に心臓がうるさくなってしまった。
慧斗くんは口元を手で押さえながらも、全然嫌そうには見えなかった。
気を遣ってくれたのかもしれない。
純弥さんと店長のふたりが、何か言いたそうに慧斗くんを見ているけれど、私は深呼吸を繰り返すので必死だ。
気付いた時には、スクリーンの中のキスシーンは、とっくに終わっていた。
***
映画が終わった頃には、ちょうどお昼時だ。
外に出ると、近くの広場には、冬とはいえ暖かな陽光が差している。
レジャーシートを広げ、そこでお弁当を食べることにした。
彼らはまた何かを話し合った後、私の両隣に店長と純弥さんが座る形で落ち着いた。
私が三段のランチボックスをふたつ鞄から取り出すと、三人ともすぐに手伝ってくれる。
準備が整ったところで、それぞれが「いただきます」と言って、箸を伸ばした。
作ると言い出したのは自分なのに、いざ食べてもらう時になると、味が心配になった。
お世辞かもしれなくても、店長と純弥さんに手料理を褒められるのは嬉しい。
ふと、黙ったままおにぎりを頬張っている慧斗くんを見つめると、視線が絡まった。
気まずそうに視線を逸らされる。
店長に意見するときはあれだけ饒舌なのに、今回だけ一言だ。
それだけが、ちょっと悔しい。
次はもっといいものを作ってこようと決意していると、店長の手が私の顔に伸びてきた。
口元に米粒がついたまま、会話していたとはなんとも恥ずかしい。
私がけらけら笑うと、さすがに『お母さん』と言われたのは嫌だったのか、店長はぎこちなく笑う。
純弥さんと慧斗くんは、顔を見合わせて笑いを必死に堪えていた。
【第4話へつづく】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!