第3話

アイスコーヒーと間接キス

年が明けて、一月四日当日。


今年は三が日が終わってすぐ土曜日なので、街の中もまだまだ人でごった返している。


映画のチケットは、慧斗くんが前もって予約していてくれた。


売店でオレンジジュースを購入し、入場を待つ。
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
これが柑奈の分
久留 柑奈
久留 柑奈
ありがとう!
えっと、D館八列目の十二番……

館内に入って自分の席を探している間、三人は扉近くの開けたところで、ひたいを集めて何やら話し合っている。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
慧斗、柑奈ちゃんに何番渡した?
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
言いません。
じゃあ、オレは先に……
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
あっ、隣に座る気だね! 待って待って
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
元々、映画に誘ったのはオレですから!

こっちに進もうとする慧斗くんを、店長が引き留めている。
久留 柑奈
久留 柑奈
(何をやってるんだろう?)

席に着いてしばらく待っていると、慧斗くんを先頭にして、ようやくこちらへとやってきた。
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
ごめん、待たせた

結局、私の隣に慧斗くん、その隣に純弥さん、店長と続いて座った。


店長と純弥さんは、珍しく不服そうに唇を尖らせている。
久留 柑奈
久留 柑奈
何かあったの?
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
別に。
大人組がマジで大人げないだけ……
久留 柑奈
久留 柑奈
あはは。
仲良いね

慧斗くんは、ほんの少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべた。




映画は、シェフを目指す主人公と、パティシエールを目指すヒロインの、恋愛を絡めた成長物語。


美味しそうなお菓子や料理が、たくさん出てきた。
久留 柑奈
久留 柑奈
(うわぁぁぁ……お腹鳴りそう……)

隣にみんながいることも忘れて、私は映画に見入っていた。


最初は互いをライバル視していたふたりが、それぞれの長所に気付き、やがて恋に落ちていく。


そして、キスシーンでは場内も静まり返る。


なかなか素直にならないヒロインに、ちょっと強引に迫る主人公の図に、照れてしまった。
久留 柑奈
久留 柑奈
(なんか、恥ずかしい……!)

思わずドリンクを手にとって飲んだけれど、中に入っていたのはアイスコーヒー。


私が買ったのは、オレンジジュースだ。
久留 柑奈
久留 柑奈
んっ……? あれっ?
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
柑奈、それ……。
オレの
久留 柑奈
久留 柑奈
あっ、ご、ご、ごめん!

間違えて慧斗くんのドリンクを飲んでしまった。


わざとじゃなかったとはいえ、間接キスをしたのだ。


気持ちを落ち着かせるはずが、恥ずかしさと焦りで、余計に心臓がうるさくなってしまった。
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
……大丈夫

慧斗くんは口元を手で押さえながらも、全然嫌そうには見えなかった。


気を遣ってくれたのかもしれない。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
…………
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
…………

純弥さんと店長のふたりが、何か言いたそうに慧斗くんを見ているけれど、私は深呼吸を繰り返すので必死だ。


気付いた時には、スクリーンの中のキスシーンは、とっくに終わっていた。



***



映画が終わった頃には、ちょうどお昼時だ。


外に出ると、近くの広場には、冬とはいえ暖かな陽光が差している。


レジャーシートを広げ、そこでお弁当を食べることにした。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
慧斗はそっちな
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
こればかりは純弥に賛成
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
はぁ……大人げない
久留 柑奈
久留 柑奈

彼らはまた何かを話し合った後、私の両隣に店長と純弥さんが座る形で落ち着いた。


私が三段のランチボックスをふたつ鞄から取り出すと、三人ともすぐに手伝ってくれる。


準備が整ったところで、それぞれが「いただきます」と言って、箸を伸ばした。
久留 柑奈
久留 柑奈
皆さん、舌が肥えてらっしゃるので、お口に合うか分からないですが……

作ると言い出したのは自分なのに、いざ食べてもらう時になると、味が心配になった。
久留 柑奈
久留 柑奈
(味見は大丈夫だと思うけれど……)
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
美味しい……。
ほっとするし、日本の味だ。
この竜田揚げとか、今までで食べた中で一番美味しいと思う
久留 柑奈
久留 柑奈
ほ、ほんとですか!?
伊豆 純弥
伊豆 純弥
俺は出し巻き卵が好きだわ。
これだけの量、作るの大変だっただろ?
久留 柑奈
久留 柑奈
ちょっと大変でしたけど……。
皆さんにはいつもお世話になってますから、そのお礼です

お世辞かもしれなくても、店長と純弥さんに手料理を褒められるのは嬉しい。


ふと、黙ったままおにぎりを頬張っている慧斗くんを見つめると、視線が絡まった。


気まずそうに視線を逸らされる。
久留 柑奈
久留 柑奈
慧斗くん……どうかな? 美味しくなかった?
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
いや……うまい

店長に意見するときはあれだけ饒舌じょうぜつなのに、今回だけ一言だ。


それだけが、ちょっと悔しい。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
慧斗は口下手だな~
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
余計なこと言わないでくれますか
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
あはは。
でも本当に、美味しいよ
久留 柑奈
久留 柑奈
ありがとうございます!
味のプロたちに、褒めてもらえてとても嬉しいです!

次はもっといいものを作ってこようと決意していると、店長の手が私の顔に伸びてきた。
久留 柑奈
久留 柑奈
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
柑奈さん、ご飯粒ついてる
伊豆 純弥
伊豆 純弥
あっ! 柊伍!
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
……!!

口元に米粒がついたまま、会話していたとはなんとも恥ずかしい。
久留 柑奈
久留 柑奈
あ、ありがとうございます……。
店長って、なんかお母さんみたいですね!
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
えっ!
ああ、まあ……うん

私がけらけら笑うと、さすがに『お母さん』と言われたのは嫌だったのか、店長はぎこちなく笑う。


純弥さんと慧斗くんは、顔を見合わせて笑いを必死に堪えていた。


【第4話へつづく】