第7話

この世で一番好きな味
六日になって、大学の冬休みが明けた。


講義が終わって店に出勤すると、既に慧斗くんは接客中だった。


純弥さんはコーヒーをブレンドしながら、週末限定で新しい茶葉を出すことを、早速常連さんに宣伝している。


店長はキッチンでやや険しい顔をしながら、ケーキにクリームを塗っているところだ。
久留 柑奈
久留 柑奈
(平日なのに、やっぱり忙しそうだな)

私の仕事はスイーツの販売やプレゼントラッピング、電話対応、POP作りや併設カフェでの配膳などだ。


アルバイトにできることは限られているけれど、笑顔での対応は忘れないようにしている。


張り切って店に出ると、常連の男性がドアを開けてやってきた。
久留 柑奈
久留 柑奈
いらっしゃいませ
常連客
常連客
こんにちは。
今日は、取引先に持って行く菓子折をお願いしたいんだけど。
小さな会社だから、二十から三十個ほどで
久留 柑奈
久留 柑奈
かしこまりました!
いつもありがとうございます

スーツ姿の男性は、時々自分用にも買っていくことがある。
久留 柑奈
久留 柑奈
(きっと、甘いものが好きなんだろうな……)

この店にいると、仲間をたくさん見つけられる。


にこにこしながら焼き菓子を包んでいると、名刺を差し出された。
常連客
常連客
あの……。
久留さんさえよければ、今度食事でも行きません?
久留 柑奈
久留 柑奈
えっ! あ、えーと……。
……ごめんなさい
常連客
常連客
そ、そっか……

連絡先を交換してほしいということなのだろうけれど、他に上手な断り方が見つからない。


彼は肩を落として帰って行った。
久留 柑奈
久留 柑奈
(び、びっくりした……。ナンパってこと?)

誠実そうな人で、慣れていなさそうだったし、勇気を出して誘ってくれたのかもしれない。
久留 柑奈
久留 柑奈
(それに、あの肩の落とし方……。どこかで見たような?)



***



閉店後。


バレンタイン期間限定・ガトーオペラを、もう一度試食することになった。


年末年始、店長はキッチンに籠もって改良を重ねていたらしい。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
柑奈さん、どう?
久留 柑奈
久留 柑奈
んーーっ……!
すっごくよくなりました!
って上から目線で申し訳ないんですけど……
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
いや、いいよ。
率直な感想を聞かせてくれる?

甘さが抑えられているのに、こんなにも美味しいとはどういうことだろう。


うっとりとしていると、店長は声を出して笑いながらも、嬉しそうだ。
久留 柑奈
久留 柑奈
コーヒーシロップはくどすぎず、バターとガナッシュクリームのバランスもいいですし、スポンジはしっとりしてて……。
天板のチョコレートも程よい硬さだし、何よりハートの型抜きがかわいいです!
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
よかった……。
飴谷くんと純弥からもOKが出たら、これでいこうと思う。
ちなみに、一昨日行ったブランシュ・ネージュのスイーツ、どうだった?

競合店は、店長としても気になるらしい。


私は正直に感想を述べることにした。
久留 柑奈
久留 柑奈
値段相応ですが作りはしっかりしていましたし、味も悪くないです。
学生でも抵抗なく購入できる手頃さを武器にされているのであれば、一時的にお客さんはとられるかもしれないって思いました……
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
そうか……
久留 柑奈
久留 柑奈
でも、私はもちろん、店長の作るスイーツが好きだし、そういうお客さんは多いと思います。
初めて食べた時は、『こんなスイーツ食べたことない!』って驚きましたから。
だから、大丈夫です

店長は白い歯を見せながら破顔した。


けれど、すぐに真顔に戻る。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
……今のもう一回、言って?
久留 柑奈
久留 柑奈
えっ。
もしかして、気を遣ってお世辞を言ってるって疑ってます?
本当に好きですよ!
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
ごめん、ごめん。
そういうのじゃないんだ。
ふふっ……ありがとう

私は心外だとばかりに頬を膨らませて言うのだけれど、店長はにやにやしだした。


恥ずかしくなったのか、店長は口元を手で隠しながら、後ろを向く。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
あっ

驚いたような声につられて私も振り向くと、慧斗くんと純弥さんが静かに仁王立ちしていた。


【第8話へつづく】