第11話

柊伍と甘いキャンディ
目覚まし時計の電子音が鳴り響き、私はベッドの上で目を開けた。
久留 柑奈
久留 柑奈
何かの間違いじゃないのかな……

昨夜は自宅に帰ってきても呆然としていて、夕飯もろくに食べず、ベッドへと潜り込んだ。
久留 柑奈
久留 柑奈
全然、気付かなかった……

ぽつりと呟いてみたものの、みんなからお出掛けに誘われたのは、『そういうこと』だったのだと、ようやく分かった。


ふとスマホの通知画面を確認すると、店長、慧斗くん、純弥さんのそれぞれからメッセージが届いている。


【突然のことで困らせてないかと心配になって……】と気遣うのは、店長だ。


誰にでも優しくて誠実な彼は、その人柄からも想像できる――繊細で美しく、食べた人を幸せにするスイーツを作る。


***




遡ること、約十ヶ月前。


新しく開店するパティスリーのオープニングスタッフを募集していると知った私は、パティシエのことなど深く知らずに応募した。


目的は、まかないで出されるというスイーツ。


単純な応募動機だったけれど、面接では店長自らがにこにこしながら行っていたのを覚えている。


面接の途中で、『スイーツを食べて感想を言う』という、食レポのような課題があった。


当時から本当に美味しくて、衝撃が走ったのは本当だったのだけれど。
久留 柑奈
久留 柑奈
すっごく美味しいです……!
今まで食べた中で一番です!
あ、でも強いて言うなら……この砕いたキャンディがもう少し細かいと食べやすいかなって

小難しい名前のケーキの名前すら覚えていないけれど、自由に発言していいとのことだったので、思ったままを言った。


数秒経って、なぜ駄目出しなんてしてしまったのかと青ざめた直後。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
君、本当にスイーツが好きなんだね。
幸せそうに食べるし、感想も素直。
採用決定

店長は明るく笑いながらそう言った。
久留 柑奈
久留 柑奈
えっ……いいんですか?
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
うん。
そのキャンディは、わざと粒を大きくして乗せてるんだ。
それを指摘できた応募者は、今のところ君だけ
久留 柑奈
久留 柑奈
わっ……ありがとうございます!
精一杯頑張ります!
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
こちらこそよろしくね

その後、店長が洋菓子業界では超有名な若手パティシエと知り、再度青ざめることになる。


研修初日、恐縮した私は、彼に謝りに行った。
久留 柑奈
久留 柑奈
本当に、申し訳ありませんでした!
素人がとんでもないことを……!
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
そんなこと気にしなくていいのに。
スイーツを作って食べてもらうのは、一般の人なんだから。
あ、柑奈さんは、今後も試食をお願いできる?
久留 柑奈
久留 柑奈
え、いいんですか!?
ぜひ! ぜひ食べたいです!
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
あはは。
目が輝いてる

ミラージュの開店後、『少し贅沢でおいしい、SNSにも映えるかわいいスイーツ』として、瞬く間に人気店になった。


カフェでは、スイーツの写真を記念に撮るお客さんがほとんど。


そんな中、面白い事件もあった。
女性客
女性客
やばい! ほんとえる~!

『SNSに写真をアップすると、映える』という意味なのだが、その言葉を初めて聞いた店長は、あたふたと焦り始めた。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
バエルって何のこと!?
あのケーキに何か問題が!?
久留 柑奈
久留 柑奈
お、落ち着いてください、店長!
あれは褒め言葉ですよ!?
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
褒め言葉……?
『やばい』って言ってるけど……
久留 柑奈
久留 柑奈
『やばい』も褒め言葉ですー!
写真は記念に撮ってるんです!

店長は幼い頃から留学時代まで海外生活が長かったせいで、日本で普及したスラングをよく知らないらしい。


私が説明して安心してもらったけれど、お店の中では『ほっこり事件』として語り継がれている。



***
久留 柑奈
久留 柑奈
ふふっ……。
思い出したら笑えてきちゃった

いつでも仕事熱心で、そんな店長といい関係を築いてきたとは思っているけれど。
久留 柑奈
久留 柑奈
(店長ほどの人であれば、海外でも日本でも、気立てのいい美人さんからモテただろうに……。私なんかじゃ、いつか物足りないって思いそう)

やっぱり、告白を信じられないのが現状だった。


【第12話へつづく】