目覚まし時計の電子音が鳴り響き、私はベッドの上で目を開けた。
昨夜は自宅に帰ってきても呆然としていて、夕飯もろくに食べず、ベッドへと潜り込んだ。
ぽつりと呟いてみたものの、みんなからお出掛けに誘われたのは、『そういうこと』だったのだと、ようやく分かった。
ふとスマホの通知画面を確認すると、店長、慧斗くん、純弥さんのそれぞれからメッセージが届いている。
【突然のことで困らせてないかと心配になって……】と気遣うのは、店長だ。
誰にでも優しくて誠実な彼は、その人柄からも想像できる――繊細で美しく、食べた人を幸せにするスイーツを作る。
***
遡ること、約十ヶ月前。
新しく開店するパティスリーのオープニングスタッフを募集していると知った私は、パティシエのことなど深く知らずに応募した。
目的は、まかないで出されるというスイーツ。
単純な応募動機だったけれど、面接では店長自らがにこにこしながら行っていたのを覚えている。
面接の途中で、『スイーツを食べて感想を言う』という、食レポのような課題があった。
当時から本当に美味しくて、衝撃が走ったのは本当だったのだけれど。
小難しい名前のケーキの名前すら覚えていないけれど、自由に発言していいとのことだったので、思ったままを言った。
数秒経って、なぜ駄目出しなんてしてしまったのかと青ざめた直後。
店長は明るく笑いながらそう言った。
その後、店長が洋菓子業界では超有名な若手パティシエと知り、再度青ざめることになる。
研修初日、恐縮した私は、彼に謝りに行った。
ミラージュの開店後、『少し贅沢でおいしい、SNSにも映えるかわいいスイーツ』として、瞬く間に人気店になった。
カフェでは、スイーツの写真を記念に撮るお客さんがほとんど。
そんな中、面白い事件もあった。
『SNSに写真をアップすると、映える』という意味なのだが、その言葉を初めて聞いた店長は、あたふたと焦り始めた。
店長は幼い頃から留学時代まで海外生活が長かったせいで、日本で普及したスラングをよく知らないらしい。
私が説明して安心してもらったけれど、お店の中では『ほっこり事件』として語り継がれている。
***
いつでも仕事熱心で、そんな店長といい関係を築いてきたとは思っているけれど。
やっぱり、告白を信じられないのが現状だった。
【第12話へつづく】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!