第16話

パティシエの華麗な切り返し
久留 柑奈
久留 柑奈
だ、大丈夫でしょうか……。
殴られでもして、店長が怪我したら……
伊豆 純弥
伊豆 純弥
あいつ、普段はおっとりしてるけどな。
こういうときは結構堂々としてるから、大丈夫だって

今にも飛び出しそうな私を、純弥さんが引き留め、優しい言葉で落ち着けてくれる。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
お客様、いかがなさいましたか?

他のお客さんたちも心配そうに見守る中、店長は毅然とした態度で彼らの前に立った。
元カレ
元カレ
何? お客様は神様だって知らないの?
頼んだものが違うって言っても、対応しないっておかしくない?

くだらないことで偉そうにする元カレに呆れてしまい、どうしてこんな人と一時的にでも付き合ってしまったのかと、酷く後悔した。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
そうですか。
私は海外生活が長かったもので、日本の風習に慣れておらず失礼いたしました。
しかし、状況を見る限り、こちらの接客に不備はなかったと判断しております
元カレの取り巻き
元カレの取り巻き
はあ? 店長でそのレベルとか……マジでありえないんだけど!
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
他のお客様……いえ、神様のご迷惑になりますので、お静かにお願いいたします。
これ以上、こちらの業務を妨害されるようであれば、しかるべきところへ相談させていただきますが
元カレ
元カレ
……なっ!

完璧な切り返しに、彼らはぐうの音も出ない。


顛末てんまつを見ていた他のお客さんたちは、次第にくすくすと笑い出した。
久留 柑奈
久留 柑奈
(すごい……。店長、本当に黙らせちゃった……)

居たたまれなくなった彼らはふてくされながら、ようやくケーキと飲み物に手をつける。


想像よりもに美味しかったのか、一瞬驚いたように食べる手が止まる。


そんな姿に、私はほっとして吹き出してしまった。
久留 柑奈
久留 柑奈
店長、ありがとうございました!
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
ううん、これが責任者の仕事だから。
むしろ、あんな相手によく我慢したね

戻ってきた店長に礼を言うと、逆に褒めてくれた。


この店で働けてよかったと、心底思う。
久留 柑奈
久留 柑奈
あの、慧斗くん、純弥さん。
助けてくださって、ありがとうございました。
あのままだったら、ひとりで勝手に突っ走っていたかも……

ふたりは顔を見合わせると、ぎこちない笑みを浮かべた。
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
でも、格好いいところは全部、柊伍さんに持っていかれた……
伊豆 純弥
伊豆 純弥
あの切り返しは柊伍にしかできねえな……。
やっぱりすごいわ

笑いつつも彼らは悔しそうで、最後は私を励ますように、背中をぽんぽんと叩いてくれた。
久留 柑奈
久留 柑奈
(たくさん、助けてもらっちゃったな……。でも、このままじゃ、私は何も言えないまま逃げたことになる)

彼らの会計も、慧斗くんが引き受けてくれたけれど。


私はどうしても納得がいかず、彼らが出口に向かうタイミングで、声を掛けた。
久留 柑奈
久留 柑奈
美味しかったでしょ?
元カレ
元カレ
……ま、口コミで広がるくらいはあるんじゃない?

苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、元カレはそう認める。
久留 柑奈
久留 柑奈
心配しなくても、もう太らないよ。
そもそも、私がダイエットしたのはあなたのためじゃないし
元カレ
元カレ
……っ!

元カレの頬が、酷く引きつった。


話を後ろで聞いていた慧斗くんの笑う声がすると、彼らはそそくさと帰っていった。


【第17話へつづく】