第5話

カンヤムと格好いい人
昼食を終えて、私たちは純弥さんが行きたがっていた紅茶専門店へと向かった。


店内に入るなり、さまざまな茶葉の香りが混ざって、ふわりと漂ってくる。


棚一面に、茶葉の入った透明な筒が置かれていた。
久留 柑奈
久留 柑奈
うわぁ……いい匂い。
これ、全部茶葉ですか?
伊豆 純弥
伊豆 純弥
そうそう。
最近できたばかりの店でさ、結構珍しい産地のものまで置いてあるって。
柑奈ちゃんには、女の子の好きそうなものの意見を出して欲しいんだ
久留 柑奈
久留 柑奈
分かりました!

気になるフレーバーを選択すれば、常駐する紅茶マイスターがブレンドしてくれるというシステムのようだ。


もちろん、茶葉を購入したり、仕入れの契約をすることもできる。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
うちのスイーツに合いそうなものなら、純弥の判断でどんどん取り入れていいよ
伊豆 純弥
伊豆 純弥
おっ、さすが柊伍。
じゃあお構いなく。
柊伍も気になるものがあれば言ってくれ
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
分かった

純弥さんは、仕事をするときは表情が変わる。


人は見かけによらないと言うのは本当で、こうして真剣に吟味している姿は、絵になるのだ。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
これ、カンヤムか……。
少し高いけど、うちで出してみたいな
久留 柑奈
久留 柑奈
カンヤムって?
伊豆 純弥
伊豆 純弥
日本ではほとんど見かけない、ネパール原産の紅茶。
ヨーロッパだと割と普及してるんだけど
久留 柑奈
久留 柑奈
へえ、さすがです。
こういうときの純弥さんって、格好いいですよね
伊豆 純弥
伊豆 純弥
えっ? なに、もう一回言って?

感心して褒めただけなのに、純弥さんは嬉しそうに私を振り返った。


近くにいた慧斗くんが、とんっと純弥さんの背中を小突く。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
いてっ
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
調子に乗らないでください
伊豆 純弥
伊豆 純弥
だって、柑奈ちゃんに格好いいって言われたら、テンション上がるだろ?
久留 柑奈
久留 柑奈
(そ、そうなんだ……)

私もいくつかの茶葉をチェックして、紅茶を入れてもらい、飲み比べてみる。
久留 柑奈
久留 柑奈
甘い匂いなのに、すっきりして飲みやすい……。
こっちは渋みがあるけど、濃くて美味しい……
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
せっかくの休みの日なのに、仕事みたいなことに付き合わせてごめんね

すっかり没頭していると、店長が話しかけてきた。


気を遣ってくれているらしい。
久留 柑奈
久留 柑奈
いえ! すごく楽しいです!
みんなでお出掛けなんて、今までなかったから……。
これからも、こういう機会があればぜひ呼んでください

私が笑えば、店長もつられて笑う。


もう、お母さんみたいと言われたことは、気にしていない様子だ。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
それならよかった。
……柑奈さんは、人を幸せにする天才だね
久留 柑奈
久留 柑奈
え?
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
俺はふたりきりでって、誘うつもりだったけど……

声量は尻すぼみになりながらも、慧斗くんが私に聞こえるように言った。
久留 柑奈
久留 柑奈
そうなんだ?
でも、ふたりよりかは、みんなでいた方が楽しいよ
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
……お、おお

実際に、慧斗くんと私のふたりきりだったら、ちょっと緊張していただろうと思う。


こうしてみんながいるから、平常心でいられるわけで。


一方で慧斗くんは、お茶を飲みながら溜め息をつき、肩を落としている。
久留 柑奈
久留 柑奈
(慧斗くんも、楽しんでいるように見えたけどなぁ……?)
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
うん、飴谷くん、分かるよ
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
柊伍さん……
久留 柑奈
久留 柑奈

何かに同調するように、店長が慧斗くんを慰めている間――。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
くくっ……

紅茶を飲み比べながらも、純弥さんが密かに笑っていた。



【第6話へつづく】