第44話

思い出せなくなるその日まで-第5章-
273
2021/03/09 11:00
♡あなたside♡
あの日から仕事帰り彼を探すのが日課になった。

といっても元々地図が読めない上に、前に行った時は引きずられるまま俯いていたため当てにならない。
(なまえ)
あなた
今日もダメか…
覚えているのは見上げた時の
タワーマンションの高さだけ…
暗くなるのが早い季節も相まって
探すのは困難だった。
(なまえ)
あなた
もう帰ろう…
やっとマンションが見つかっても、彼の部屋番号さえ覚えていない私はチャイムを鳴らすこともできない。

マンション前で待っても彼の姿は現れない。
探し始めてから2週間が経過していた。
(なまえ)
あなた
今日で最後にしよう
(毎日ここにいたら怪しいよね…)

今日は土曜日。
平日と違ってお昼からいれる。
マンションのエントランスが見える公園のベンチに腰掛けると、向かいで工事をやっている音が響く。
5時間程過ぎただろか…
辺りが茜色に染まる頃、
上下黒の服を着た彼が
エントランスに入って行くのが見える。
(なまえ)
あなた
っ…いつきさん!
見えなくならないうちに必死に叫び、走る。
藤原樹
藤原樹
え…?
彼が振り返る。
私は気づいて貰え安堵しつつもそのまま走り続ける。

だからこの時、彼が上を見上げ驚きと険しさの混じった表情をしていたことに気づかなかったんだ…
藤原樹
藤原樹
危ないっ!
急に彼の大きな声が聴こえたかと思うと、浮遊感を感じ、次に痛みが身体をはしる。
(え!?なにが起きたの…?)
近くから聞こえる悲鳴と、
人が集まってくる足音に身体を起こす。
そこで目にしたのは、
(なまえ)
あなた
い…つき…さん、?
うつ伏せで頭から血を流して動かない彼。
そして先端が赤く染まったパイプが転がっていた…
その後のことは覚えていない。

気がつくと私は椅子に呆然と座っていて、目の前には点灯された"手術中"のランプ。中には彼がいる。
(彼も私を置いていくの…
なんで私を1人にするの…)
その時、
看護師と警察がやってきて事故の真相を聞かされる。
建設中のマンションの足場が壊れ、
そのパイプの1つに彼が下敷きになったこと。
(なまえ)
あなた
…っ
そこで気づく。

彼の"危ない"そう叫ぶ声は、私に危険を伝えるため…
浮遊感は彼が私を勢いよく引っ張ったためだと。
(なまえ)
あなた
私のせいだ…
全部わかった私に残ったのは、
"罪悪感"ただそれだけだった…
(私が1人にしてしまったんだ…)
「貴女のせいじゃない」
そう背中を擦りながら言う看護師の声も耳に入らず、
崩れるように蹲り泣き続けた。
どのくらい時間が経ったのだろうか…

1分がまるで1時間かのように長く感じる。
その時…
"手術中"のランプが消えた…

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