☆壱馬side(now)☆
あなただったよな…
ここで働いてたんだ…
そんなことを考え、不甲斐なさを感じている間にCMの話はやる方向にまとまってきていて…
マネージャーは皆の顔を見て確認した後、隣の会議室に入っていく。
どうやら、さっきマスク越しに呟いた声は慎にだけ聴こえていたらしい…
感の鋭い弟にこれ以上隠せないな…
それに…
今行かなかったら後悔するよな…
そう結論づけた俺は彼に耳打ちし、会議室を出た。
…
そして今、会議室から出た彼女の右腕を掴んでいる。
戸惑いの表情を浮かべているけど、その手を振りほどこうとはしてこない彼女に…
そう聴けば、頷く彼女。
なにも発さない彼女の代わりに、先程横にいた赤家さんが聴いてくる。
俺より先に応えたのは彼女で。それは、俺との思い出を肯定してくれたようで嬉しくなる。
そこで俺は続けて頼む。
…
エレベーターに向かう赤家さんに礼を言い、どちらともなく誰もいなくなった会議室に入る。
…マネージャーももうメンバーの元へ戻ったのだろう
そして俯く彼女に言葉を選びながら声をかける。
でもそれは、ありきたりな言葉。
それに彼女は返しただけではなかった…
「前の壱馬とはなんか違う…」
そう呟く表情は儚くて、まるで住む世界が違うと一線を引かれているようだった。
前に俺が"別れて欲しい"そう言って引いたように…
なにて言葉を返したら良いか分からず、黙ってしまうとそう去ろうと背を向ける彼女。
「やから…」
そう言おうと開けた口は、
彼女の次の声にかき消される。
振り向かない彼女の声は震えているようで…
でも、俺の方を振り向いた彼女はもう先ほどの彼女に戻っていて、
「元気でいてね…」
そう言って去って扉を閉めた。
1人の会議室に取り残された俺。
今なら前と同じような過ちはおかさないと誓うことができるのに、彼女の方がずっと大人で、ずっと前に進んでいることを思い知る。
その声は虚しく響いたまま、俺はその場で暫く立ち尽くした…
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!