弥生の顔を見ずに、
そんなこと言う平田先輩。
弥生は、傷ついた顔をした。
そりゃそんな顔になるよな、
それって弥生と話すの嫌って
言ってるようなもんじゃないか。
……何で、何でそんな顔させるんですか先輩!
堪らず名を叫んだ。
弥生が先輩を好きになるのなら、
それは仕方ないと
黙って身を引こうと
思ってたのに。
今日だって
教科書返して貰おうって待ってたけど、
先輩と弥生が一緒に来た時は
邪魔しないように静かに帰ろうと
思ってたのに。
先輩がそんな顔させるから……
また2人を邪魔してしまった。
弥生にまた怒られちゃうな。
スタスタと自分の自転車に歩いてく先輩。
名残惜しそうにその後ろ姿を
見つめる弥生。
………そんな切なそうな顔するなよ………
勝ち目の無さに俺の方が切なくなる。
このタイミングで、わざとこんなことを言う。
……俺の方も、ちょっとは見てよ。
弥生の返事は、やっぱり上の空で。
弥生と一緒に帰れるというのに、
彼女がこんなにも上の空だから、
嬉しく感じられない。
こんな表情をする子だったろうか。
変わっていってるのは、
確実に先輩を推してる影響で……
悔しい。
俺の方が先に弥生のこと知ったのに。
俺の方が先輩よりずっと弥生のこと知ってるのに。
俺は弥生のことが好きなのに。
弥生は、俺のことを見てくれない。
弥生が自転車の方に行きかけて、
ふと足を止め振り向く。
そう言って近づいてくる弥生は
もういつも通りの弥生で。
笑ってしまう。
どうしようもなく、愛おしい。
そう言って俺の手の中の
たけのこの里をひょいと奪い取った。
邪道なはずのたけのこの里を
美味しそうに頬張ってる。
弥生との付き合いの中で
何度目になるかわからない苦笑をもらした。
弥生にとって俺が
友達というかパシリというか舎弟というか
とにかくそのくらいにしか思われてないことくらい
わざわざ確かめなくたって知ってる。
俺より3cm身長が高い弥生を見上げて思う。
それでもいいかな。
俺が弥生を、
ちょっとでも笑顔に出来るなら。
弥生のことを、
影からでも支えられるのなら。
それで俺のことを、
ちょっとでも見てくれたなら。
空になった箱を持って弥生がこちらを見る。
自転車を漕ぐ時は、
弥生が先に行って、俺は後ろ。
茜色に照らされた
俺にとっては邪道なきのこ派の彼女を、
ただただ、守りたいと思った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!