6月2日 土曜日。
県体前日の今日は、9時から5時までの1日練。
普段なら
集中し続けるには長すぎて空気がたるむのに
今日はずっと糸を張り詰めたような緊張と
フリスビーが風船を割る音、
フリスビーが床に落ちる音の後には
先生の怒声と選手の返事。
明日 明後日を思って、
選手と先生は異様な程ピリピリしている。
精神状態がいつもと違うからか、
今日は3年の先輩も2年の先輩も
調子があまり良くない。
フリスビーの団体戦は、5人1チームが基本。
投げられるのは一人4枚で、
一人が1枚投げたら次の人が投射位置に立つ。
県体の予選は男女ごとに全チームの総当り戦。
1チーム投げられるのは2回だから、
合計40枚の内でより得点をたくさん稼いだ
8チームが決勝戦に進出出来る。
だからまずは、
この予選を突破しなくてはならないんだけど……
つまり700点は確実に取らないと行けない。
うちの高校は
男子は644点、女子は652点が平均。
それも、いつもなら、だ。
……今日の平均は、男子は592点、女子は611点。
……正直、かなり厳しい状況なんだ。
それはたぶん、普段得点源である光流先輩の調子が
全然良くないから。
ヒュン
パッ
カララララン……
どっちかと言えば先生のお気に入りの光流先輩が
こんなに怒鳴られるなんてほんとに珍しい。
男子は、主将の先輩、光流先輩、3年の先輩、
平田先輩、本山先輩の順で投げる。
本山先輩が投げ終わった。
碧が必死に電卓を叩く。
得点計算も1年の仕事。
仕事が遅いと…………
怒声が響く。
……過去、最低点……
あまりの点数に、皆が絶句した。
次は女子。
副主将の先輩、上原先輩、2年の茜梨先輩と
3年の先輩2人。
慌てて、周囲を探す。
……見つけた。
風船の残骸の山の中から、
淡い紫のフリスビーの端が覗いている。
ひぃ。
慌てて茜梨先輩に駆け寄る。
そう言って微笑んでくれた。
……めっちゃいい先輩。
感動を打ち壊すように鬼が怒鳴り散らす。
そんなにピリピリしたって
逆効果なんじゃないかなぁ……
さっき怒鳴られた光流先輩はより一層不機嫌そうで
かえって先生が部の雰囲気を悪くしてる感じ。
先生はそういう所見えてない。
正直、視野が狭いのは先生の方なんじゃないの?
そんな空気の中始まった女子の練習。
副主将の先輩が40の風船に当てる。
上原先輩が……
パンッ
50の風船に当てる。
茜梨先輩の番。
茜梨先輩は投射姿勢が綺麗。
見ていてすごく気持ちがいい投射。
なんだけど……
ゆっくりと気を溜めていた茜梨先輩の身体が
左にグラっと傾いた。
体勢を保とうとして手でバランスを取ろうとして
手から、フリスビーが滑り落ちた。
カランカランカラン…………
静寂。
怒声。
俯き、小走りで出ていく先輩の背中。
視野2度な先生の周りの選手の空気は、
県体前だというのに
完全に冷めきって氷点下だった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!