駅の改札を出た花は、柱にもたれかかっていた正臣に声をかけた。スマホを眺めていた正臣は眼を上げ、花を見て笑顔を浮かべる。
優しく訊いてくる正臣に花は大きく頷いてみせる。良かった と安堵した表情を見せた正臣は辺りを見渡し
と、出口を指差した。
正臣についていきながら花は尋ねる。
訊かれて、花の頭に一つの場所が思い浮かぶ。
満面の笑みで言った花に、正臣は苦笑してみせる。
花の言い草に、正臣は大笑いする。
数分後。花と正臣は居酒屋『和ミ』で店主の和海と喋り合っていた。
花と和海は笑い合い、揃って正臣の方を向く。冷奴をつついていた正臣は、二人に見つめられて驚いたような顔をした。
味方がおらず、寂しそうな表情をする正臣を見て二人は爆笑する。
安心したようにしみじみと言う和海に花はエヘヘ と照れ笑いを浮かべた。
別の客の声がして、和海ははいはい と声のした方に向かう。いい機会とばかりに花も雫の垂れるオレンジジュースを啜った。
意気込む花を見て、正臣は嬉しそうに笑った。
今日も、というのはここ数週間、金曜日はどこかで夜ご飯を食べて正臣の家に泊まるのが常になりつつあるからだ。普段は二人とも別々に独り暮らしをしているので、お泊りは花の一週間のうちの最大の楽しみだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。結局、二人が『和ミ』を出たのは二十二時を過ぎていた。
花は笑う。自分への配慮だとは分かっていたが、なんだか申し訳なかった。
正臣の返事は澱みない。
花はリビングに荷物を置くと、二階に向かった。二階には正臣の部屋、正臣の娘さんの部屋があり、その隣に使われていない物置のような部屋がある。そこが花の部屋、というか花の着替えが置いてある部屋だ。
タンスから着替えを出し、脱衣所に向かう。服を脱いで風呂場に入ると、ガチャン と何かが割れる音がした。慌てて周りを見渡すが、割れたものは見当たらない。
独り言を呟く。取り敢えず窓から外を覗いてみたが、街灯が照らす夜道が見えるだけだった。
リビングに戻ると、ソファーで正臣が眠り込んでいた。テレビはつけっぱなしで、近くの床にはいつも花が寝ている布団が一式出して置いてある。
呼びかけても、正臣は眼を覚まさない。
――疲れてるのかな……
確かに、今日は週末だし。よく会っているとはいえ、毎週他人である自分を泊めていたら気を遣ってしまうだろう。
近くにあった毛布を正臣にそっとかける。布団を敷き、電気を消して花も横になった。
――おやすみなさい……
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。