第5話

王子
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2021/06/03 15:55
ぼくは美しくどこか寂しげなその顔を
じっと見つめていた。



とても美しい時間に感じた。


どれくらいの時間見てしまっていたのだろうか。


今、このときを閉じ込めていたい程、
ぼくは心地よく
そして、空間自体に魅入られていた。



男の人は、寂しげに微笑んでから、
口を開いた。



【王子、とても大変な想いをされましたね。私はこうやって、また王子とお話ができることを大変光栄に存じます。】



この人、ぼくのことを知っているの?
誰なんだろう?



何も言葉がでなかった。
ぼくが…

王子…?



【私は椅子となり、貴方様をお傍で見守らせていただいておりました。】

【なんの事やらお分かりにならないと思います。ご心配要りませんよ。じきに記憶がお戻りになるでしょう。】


……どういうこと?


記憶…?


この男の人が椅子になってぼくを守ってくれていたって!?


た、確かに…。
座っていたはずなのに椅子がない。


あの小屋に雷が落ちた時……。


ぼくはよく分からない出来事に
心臓がドクドクして、
頭ももう真っ白だ……。



「ねえ!ろき!?ろきはこの男の人…いや、椅子のことを知っていたの!?」


あ、れ?


【王子、ろきさんは畑沼さんの所へ向かわれましたよ。】

【ろきさんも私のことをご存知です。】

【申し遅れましたが、私は 貴方様の椅子、ほぐ と申します。

【大変震えていらっしゃるようですが…お身体が冷えてしまったのですね…さ、ベッドへ参りましょう。】



「畑沼さんのところに!?」


「椅子?ほ…ぐ?」



【ええ、ろきさんは牧場のお掃除がございますので…】



そうか…ろき…畑沼さんのところに行ったんだ…。畑沼さんはぼくのことどう思ってるのかな?

居なくって心配してくれているかな?

みんなは?


ぼくは沢山のことがいっぺんに起きて身体も頭も追いついていないみたい。

この男の人、ほぐ が言うように震えていた。

そのことすら気が付かなかった。
もう頭が痛い。
ごちゃごちゃだよ。





【………。】






【はあ…ほぐは…我慢できません!ほぐの鼓動は高鳴ります。】

【ああ、王子…なんと愛らしいお声でしょう。】

【そのお声で再び ほぐ と呼んでいただける日がくるとは…】

【ほぐは、大変喜ばしいかぎりでございます。】



「あ、あの…ありがとう…。えっと…ぼくのことをさっきから王子って呼んでるけど…」



【大変失礼致しました。まだ記憶が戻るまでお時間が必要なようですね。】

【貴方様は、私共の王子でございます。】

【それは貴方様がこの星に生まれる前のこと…】

【いえ、この先はほぐの口からは恐れ多く、お話しかねます。】

【貴方様は、ぽむ・めると というお名前なのです。】



「ぼくは、5006番だよ?」



【今回はそうでしたね。しかしながら、本当のお名前は、ぽむ・めると様でございます。】



今回は?

本当の名前?


【めると様、震えがまた…。】

【ほぐが温めて差し上げましょう。】



そういってほぐはぼくにあたたかい布をかけて、
その上からぎゅうっと抱きしめてくれた。


こんなにこんなに、あたたかいのは初めてだ。
とても安心する腕…。
そしてこの匂い。


いや…、前にもあった。

…ような気がするけど。

どうだったけ……。



ぼくはとても疲れていたみたいだ。


ろきの松ぼっくり茶とほぐの ぎゅう で
ぼくの心と身体はあたためられ、
再び眠ってしまった…。

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