第9話

ある日のこと
27
2018/05/14 02:55
黒い服を着た人々の視線は、現在目の前で行われていることに集中していた。

一人の男性が、ゆうすけくんの大きな写真の前で何やらブツブツと言っている。しかし、それが彼等なりのやり方なんだろう。

写真に写ったゆうすけくんの顔は、どこか寂しそうに笑ってるように見えて、それがまた僕の心を締め付けた。



なんでこんなことに────。





7日前、ゆうすけくんが死んだ。



自分で死んだ。


紐のようなものを首に巻き付けて。


朝、ゆうすけくんの母親の悲鳴で目を覚ました僕が見た彼の姿は、とても無惨だった。


それは、ゆうすけくんじゃなかった。
いや、そう信じたかった。
今目の前にいる、既に冷たくなっているであろう人間を、ゆうすけくんだと認めたくなかった。

混乱した頭で僕は、そんな意味の無いことをひたすらに思い続けていた。



翌日からは、人間がバタバタと騒がしかった。
難しい言葉を早口で言っていたものだから、意味はわからなかった。


しかし、その会話の中で、僕が唯一聞き取れた言葉がある。
それは、僕自身が聞き慣れていた言葉だった。

「いじめ」という三文字────。


その言葉を聞いたとき、僕は驚愕した。
そして同時に、疑問に思った。


ゆうすけくんがいじめられていた────?


何言ってるんだ。
ゆうすけくんは、毎日楽しそうだった。
いじめなんてもの、あったわけがない。
両親とも笑顔で話すし、いつも学校から帰ってきた時には泥だらけで────

次の瞬間、僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。


泥だらけ────




すべてを理解した。

どうして毎日のようにランドセルが汚れてるのか────。

そして、今までなんてことないと思っていたゆうすけくんが言っていたことが、頭に鮮明に蘇ってきた。

ある時、彼は「人間ってなんで心があるんだろう」と呟いていた。
ある時、彼は僕を抱いて静かに泣いた。
ある時、彼は「学校やだなあ」と漏らしていた。
雨も降ってないのに、びしょ濡れで帰ってきたこともあった。

その何気ない言動一つ一つが、彼のサインだったのだ。ゆうすけくんは発していた。少なからずも、僕の前では。

そして、土砂降りの日、死にかけていた僕を助けてくれた。
飼わせてほしいと両親に頼んでいた。




何をやっていたんだ。僕は。



一番ゆうすけくんの側にいたにも関わらず、何一つ気づいてあげられなかった。それどころか、毎日楽しそうだと、彼を羨ましがっていた。気づいたところで、僕にはいじめをやめさせることなんて出来ないけど、何かは、きっと何かは出来たはずだ。ゆうすけくんのために。

僕が、ゆうすけくんに対して嫉妬やら呆れやら複雑な思いを巡らせていた時、いや、それ以前に、彼は苦しんでいたのだ。

だからあの日、僕を拾ってくれたのだろう。
生きる希望をも失くしたこんな僕を、助けてあげなきゃ、なんて思ったのかもしれない。ゆうすけくんは優しい子だ。

なのに────。



本当に、本当に不甲斐なくて、情けなくて、何もしてやれなかった自分が嫌で嫌で嫌で嫌でしょうがない────。


僕は、彼に何をしてあげられただろう。


もし僕が、あの時何か察していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

考えても無駄だと思いつつ、僕はその思考を止められなかった。

死ぬ直前、ゆうすけくんは何を思っていたのだろう。

僕が聞いた最後の「おやすみ、クマ」という言葉が、寂しそうな笑顔が、僕の心をぐしゃぐしゃにする。



畜生────────。







ゆうすけくんは、もうこの世にはいない。

今目の前で行われている光景が、そのことを嫌でも証明してくる。




これ以上この場にいると、やりきれない思いで、どうにかなってしまいそうだった。



僕は、ゆうすけくんの写真を一瞥し、静かにその場を去った。




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