いつもは仕事の合間に外に出ることなんてあまりないのに、今日は話の流れで仲間と一緒に近くのお店にテイクアウトしに来た。
俺は別に…わざわざ買いに来なくても良かったんだけどね。
まあ、仲間の付き合い。
仲間の優斗。
なにかと一緒に居る。
優斗の好きなお店らしい。
優斗がオーダーカウンターで馴れ馴れしく注文を告げる。
女性店員さんが優斗のこと見ながら笑って名前を呼ぶ。
なんか、ドキッとした。
よく分からないけど。
優斗のことを店員さんが名前で呼んだから?
店員さんがこういう接し方するのが珍しいから?
その女性店員さんは笑いながら飲み物を用意していた。
頼まれた分も買ったから、持ち帰るの多め。
俺と優斗は顔を見合わせて文句言い合いながら笑った。
ドタバタして店を出たけど、
なんか俺は落ち着かなくて、鼓動が……
店員さんと話したからかな。
優斗があんなふざけたこと言ったからかな。
とにかく仕事場に戻って、ほかのみんなの分も買って来たから、ちゃんと渡さなきゃ。
そんな会話を横で聞きながら、
ふーん…お店の人と仲良いんだー…
なんて思った。
あれ、なんか気になってる。
お店に行ってから、お店を出ても、仕事場に戻って来ても、なんか、こう、落ち着かなくて。
そんな何か変わったことあったかな。
翌日も同じ場所で仕事で、
そのお店の前を通って向かう道。
昨日接客してくれたあの女性店員さんがお店の出入り口にたまたま居て、挨拶してくれた。
俺はなんだか照れ臭くて、
覚えてくださってたことも驚いたし、こんな風に声をかけてくれたことにも………
緊張した。
なんかドキドキするー。
俺そんなに人見知りだったっけ。
それからというもの、
ここで仕事の時に優斗がこのお店に買いに行くって言うと、いつも気持ちがざわついた。
ほんのたまに「ガリさんついて来て。」って言うから、一緒に行くこともあって、ただそれだけだし俺は荷物持ちなんだけどさ。
でも、
だんだん、それじゃ満たされなくなってて、
この場所で仕事の日、仕事場に行く途中ひとりでお店に寄って飲み物だけ買ったりするようになった。
あの女性店員さんが居ない日もあったし、
居る時は俺に気付くと軽く会釈してくれたり、接客してくれる時には少し言葉を交わしてくれたりしてた。
ある日の仕事帰り………
珍しく、仲間であのお店に寄って、軽いミーティングすることになった。
仕事の話だけど、まぁ、似たような世代の仲間だから、ガヤガヤと話し合ってあーでもないこーでもないと意見を交わす。
俺はもう少しここで本を読みたくて、
みんなは帰るって言ったけど残って本を読んでた。
なんとなく聞こえてた優斗と店員さんのやりとり。仲良いなあ。って、思っちゃった自分に、やっぱり…って気持ち。
今も、みんなと一緒に帰らずに、俺だけ残って本読んでるのも、正直、口実。
なんとなくまだ居たかっただけ。
あの店員さんが居るから。
もう少し
話したいな。
こんな気持ちにも、少し前から気付いてた。
俺のテーブルの空いたカップをトレーに回収して彼女は笑顔で言った。
ドギマギして何も言わない俺が、何か言うのを優しく待っててくれる感じ。
俺が立ち上がってオーダーカウンターへ行こうとすると、それを止めて、
と言って、カウンターに戻っていった。
今、一生懸命読んでる本があって、集中して読んでたら、気がついたら店内は人もまばらになってた。
俺は急いで1000円札を彼女に手渡した。
なんか俺ばっかりあたふたしてる。
すぐにお釣りとレシートを持って来てくれた。
店内が閑散として来て、カウンター内も、片付けっぽい音が聞こえる。
まさか、いいよって言ってくれると思ってなかった。なにも考えてなかった俺は、大人ぶって早口で待ってると言ったものの、スマートに場所の指定を出来ずに。
そんな俺を見て、クスクス笑ってる彼女。
あー、カッコ悪い、俺〜…💦
そう言って何事も無かったように仕事に戻って行った。
あと少し、追加したコーヒー飲み終えるまで、本の続きを………無理〜〜〜〜💦
活字追ってるだけで全然中身入ってこねぇ。
なんで俺こんな、
緊張?
なにこれ?
カップ持つ手が微妙に震えてた。
閉店直前まで俺はお店に居て………まあ迷惑だろうなって思いつつも、なんとなく、ギリギリまで居たかった。
でも、他の数人のお客さんも閉店まで居たから、少しは気が楽だったかな。
飲み終えたコーヒーのカップをカウンターに返却して、俺はカウンターに居た店員さんにご馳走様でしたを言ってお店を出た。
その時、特に彼女とやりとりする事もなく、
彼女はフロアを片付けていたし、目を合わせる事もなかった。
あとは信じるだけだった。
いつも使う階段よりも少し先にある階段までゆっくりゆっくり歩いた。
階段に到着して、時計を見る。
言ってる間にあと20分くらいだ。
仕事帰りの人が沢山利用する駅で、人通りが多い。俺は邪魔にならないように、階段の外で待った。
彼女の姿が見えて、声をかけてくれようとした時、駅から上がって来た大勢の人達が、俺と彼女の間を通る。
少しの間、人の流れが阻んだ感じがしたけど、
駅から出てくる人達がひと段落すると、
途端にその場は静かになって、
彼女は、改めて俺に、声を掛けた。
お店のユニフォームじゃなくて、私服の彼女はちょっとイメージが違って、意外とカジュアル。仕事してる時って大人っぽく見えてたんだな。
彼女が笑い出したから、俺、なにか変なこと言っちゃったかなって…
ちょっと会話に詰まる。
正直、もしかしたらもう少し年上かなって思ってた。期待はずれとかじゃなくて。
すごい、きちんとして、しっかりしてるんだなって……。
あと、卒業って聞いて、
就職決まってたりしたら、会えなくなるかな、なんてことが心をよぎる。
そうだ。
この場であれこれ話してたら時間ばかり取らせてしまうところだった。
とはいえ……
頑張って正直に伝えた。
俺のこと、そこまで警戒してはいないんだ。
とりあえず、伝えたいことは伝えることが出来た気がする。
きちんと突っ込んでくれたから、
俺も思わず笑っちゃって、
彼女もスマホをスタンバイしたまま笑ってくれてた。
俺が自分の電話番号を口頭で伝えると、
彼女は自分のスマホをポチポチしてて、
すぐに俺のスマホが鳴った……。
登録画面にして登録しようとして、気付いた。
そうだ…まだ名前知らなかった。
俺の手が止まったからか、
と、名前を教えてくれて、
漢字も一文字ずつ説明してくれた。
俺は入力した画面を見せて、確認してもらった。
そして、彼女は、自分のスマホを操作し始めるや否や…
自分のフルネームを表示させたスマホ画面を見せた。
彼女はテキパキと俺のアカウントを特定し(笑)メッセージを早速送って来てくれた。
「あなたですよろしくお願いします」と。
一瞬、
え?まだあるの?的な顔をされちゃったけど、繋がったタイミングって大事だと俺は信じてるから、ここで気を遣って引いたら今後も声かけづらくなってしまう気がして。
お互い、ぎこちなく。
当たり前か。
こんな突然、仕事帰りに呼び出されて、話したいだの連絡先だのって言われて。
俺のこと、何者かもよく知らないだろうに。
俺は深々と頭を下げた。
彼女が歩いて行くのを見送った。ずっと見ていたかったけど、ほどほどにして駅に降りた。
名前、覚えてくれた。
俺は、とてもじゃないけど、名前を呼ぶなんて出来なかった。第一、なんて呼んだらいいか分かんない。
家に帰るまで、
一人でただ帰っているだけなのになんとなくずっとソワソワして。
落ち着かなくて、まだ緊張してるみたいな。
とにかく、
1個目のミッションは完了したから、
次のミッション頑張らないと。
帰宅しても、まだソワソワしてた。
急いでご飯食べてお風呂入って…その間もずっと。
早く全部終えて、自分の部屋であとは眠るだけって状態で、彼女に連絡をしたかった。
暫く返信が無くて、
メッセージが来たら通知音鳴るのに、10秒ごとくらいにスマホチェックしてる俺。
なんでこんな気持ちなんだろ。
話したいとか、連絡したいとか……。
優斗について来ただけだったのに、最初は。
急激に思うようになったな。
最初のなんとなくドキドキ緊張してた感じも、不思議だった。
なかなか彼女からの返信は来なくて。
諦めてさっさと寝る事も出来ない。
だって、
気になるもん!
やっぱ嫌だったかなー…いきなり夜話しましょうって言われてもなー……そうだよなぁ…あーーー…………しかも制服の時と帰る時の雰囲気結構違ったから俺が勝手に期待してたところもある気がするし…いや、雰囲気違ったっていまだに心臓ドキドキはしてんだけど、でも俺の方が一個歳下だったし……え?なに?歳下関係ある?何言ってんだ俺。
自室のベッドで自分が今日したことに大反省会しながらのたうち回っていた時、やっと俺のスマホが鳴った。
メッセージの受信音。
うそつけ(笑)
意外な答えに驚いた。
凄く凄く仲良く見えていたから。
俺の中で、
もう一人の俺が「頑張れ!」って応援してくれている٩( ᐛ )و
怯むな俺。
もしかして、ものすごくものすごく、気を遣ってくれてるような気がして来た。
それに、
店員さんとお客さんの時と違って、ちょっと敬語無くしただけで、途端に幼くなる感じ、女の子って感じになる。俺も多分お店では「お姉さんと喋ってる」感じだったのが、敬語じゃなくなると対等に話してる感じになってるだろうな。
……………で?
( ̄▽ ̄;)
やばい、ここで全力尽くしすぎた。
なにこれ、めっちゃ可愛くない?
やば………
名前、呼んでみたけど、何も言われなくてホッとしてた。
お店だとあなたの下の名前さんって感じだけど、今は絶対にあなたの下の名前さんではない。
なんだろう。
いちいち言うことが可愛い。
つくづく、個人的に話す機会にこぎつけて良かった。ほんとに良かった。
気が付いたら、自然に普通に楽しく話せてた。
時間忘れるくらい。
変な緊張ももうあんまりなくて。
俺だけかな。
彼女もだといいな。
え………そっか……もうこんな時間…
(´◦ω◦`)
なんだよこれ。
なに。
もう。
これまでと違う意味で緊張してきた。
この数時間、
頑張った自分を全力で誉め讃えたい。
こんなキュンキュンしてて俺寝れるかな…
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!