彼女の勤めるカフェの近くまで来た。
連絡はしてない。
仕事中はきっとスマホ身につけてないだろうから。
なんの確証もないけど、さっき、仲間の話を聞いて、来た。お店がある反対側の歩道から、様子を伺うと、あなたの下の名前ちゃんが今日もお店にいるのがわかった。もう遅い時間だし、閉店までかな。
前は、何も言わなくたって、突然お店に行って飲み物買ったりしてた。
なのに、仲良くなればなるほど、行かなくなったし行けなくなったな。スケジュール的な問題もまああるけどさ。
今日、今なんて、別に、今行けるのに、
なんか、行かない俺( ̄∇ ̄)。
人の気持ちって不思議やー、と思いながら、お店から離れた。
橋本先生からメッセージ。
ありがてえ、マジ…🙏✨
色んなこと考えながら、ちょっと手持ち無沙汰だったし、メッセージくれたのはありがたい。気持ちも少しだけど落ち着いた感じがする。
お店の閉店時間までまだだいぶあるな……。
今日彼女が何時上がりかも知らないで来ちゃった。
もう遅いしこの感じだと閉店まで仕事して上がるんだろうけど。
俺は、
初めてあなたの下の名前ちゃんと話した場所に来て、ガードレールにもたれて考え事をし始めた。これまでのこと沢山思い出して。
お店が閉まる前にメッセージを入れておいた。
「お仕事終えてお店出たらすぐ連絡して。会いに来たから。」
びっくりするかな。
喜んでくれるかな。
初めてちゃんと話した時のことを思い起こしたら、この場所で彼女が来るまでソワソワして待ってた時の感覚が蘇って来た。あん時はまだ敬語で話してたなーなんて。
全然時計見てなかったら、突然電話かかってきてびっくりした。
混乱してる(笑)。
そりゃあそうだよね。
急遽寄ったんだし。
あたりを見回そうとしたら、すぐそこに彼女が立ってた。
なんか、
電話繋いだまんま、
しばらくお互いのこと見てた。
電話で話してる(笑)。
彼女に近付いて、電話かけてる彼女の手を取って、俺が電話を切った。
その時、
あなたの下の名前ちゃんの手の甲と腕に傷があるのに気が付いて、俺は二度見してもう一度優しく手を取った。
絶句だよ、こんなの。
なんも言ってなかった。
あの日、電話で話もしたのに…………
俺の手に重なってる、まだ怪我の痕が残ってる手を見つめたまま、そんな気持ちになってた。
でも俺は連絡しちゃった。あの日。
仕事失敗した、って。
はしもっちゃんが言ってた、
「我慢してんのは彼女だから」
「お前が言えなくしてる」
って言葉が、頭の中をループしてる。
無限ループ。
俺なんか、失敗したとか言っても、怪我も無いし、なんとか最後まで仕事は出来た。
終わるまで連絡やめようよって言われたのに、いつも俺から連絡してた。それを無視しないでメッセージも電話も対応してくれてた。
ほんとは、
俺の大事な仕事が終わるまで連絡やめようって言ったあなたの下の名前ちゃんの方が、俺よりも苦しかったんじゃないか。
怪我しても言えなくて、俺の失敗心配して、
会える?って言ったら俺に「あー、言っちゃう?それ?」とか言われて、
俺のまとまった仕事終わっても会おうって言わなくて、
終わったらゆっくり話そうって言ってたくせに改めて話そうとも言わないで。
あなたの下の名前ちゃんは、とても驚いてた。
あなたの下の名前ちゃんは、今の今までびっくりしていたのに、急に笑い出した。
それが、俺は、嬉しくて、
何故って、やっぱり、そもそもお客さんと店員として優斗と仲良く接してたわけだし、仲間の手前、俺と個人的に関わってることは言わない方がいいと思って秘密ねって俺が言ったからきっと彼女もそうしてくれていたし、第一そんなこと堂々とカミングアウトしたところで仕事しづらくなっただろうし……今後またみんながお店に行くことがあったら、やりづらいだろうなって思ったのに、めんどくさい顔ひとつしないで、笑ってくれたから。
俺は、彼女の怪我した手をずっと両手で包んで撫でてた。
話してる間ずっと。
ポカンとして、頭の上にハテナマークがいっぱい浮かんでる感じの彼女だったけど、俺はそれが既に我慢させてるような気もして、
ううん
って首を横に振った。
俺は、心配になると顔に出るみたい💧
んー、って彼女は考え込んじゃった。
答えにくい質問だったかな。
俺の好きはなんなんだろうって同時に考えてみた。
タイミング的に、絶対に、女の子にうつつ抜かして浮かれて仕事しちゃいけないって強く強く思ってた。
この気持ちのほうが、勝ってしまってたんだろう。
あなたの下の名前ちゃんは俺の手を、まだ少し傷痕が残ってる手で握って、淡々と語った。
困って笑ってる。
なんでとか無くて、理由もなしに好き、ただそれだけ。
彼女は俺の手を解いて、控えめに俺のこと抱き締めて来た。
俺よりずっと小さい身体を抱きしめ返しながら、俺しっかりしなきゃなーって思った。
仕事しくじったことで彼女を頼って、
同じタイミングでこんな怪我してたこと全然知らないで、俺の不安ばかり話しててほんとバカな俺。助けてもらうことばっか考えてたんかな………
彼女は、頷いてくれた。
表情見えないけど、きっと嬉しそう。
俺って多分だけど言葉が足りない。
お喋りな癖に大事なことや肝心なことを言えなかったり言わなかったりしちゃう。好きな人相手だと特にそうなる傾向があるのかもしれないなって、自分で今回気付いた。
なんかこれって、致命的(笑)。
俺と違って、あなたの下の名前ちゃんは、
普段は気を遣ってくれてあまりあれこれ言わないけど、電話やメッセージでも無駄なことは言わないし、潔く暫く連絡やめようなんて言っちゃう決断もできたりするし、話さなきゃいけない時には今日みたいにすごく沢山考えていたことを話してくれる。
たまに、
俺と似てて理屈っぽいとこあるな〜なんて思うんだけど(笑)、どんなに想って考えてくれてるか伝わる。
それに対してなんも言わない彼女。
ただ、ニコニコしてて、そんな姿見て俺もなんだかニヤけちゃう。
不思議そうに俺のこと見上げてる彼女。
駅から出てくる人の流れが途切れるのを俺は待って、その場が静かになった時、さらっとキスして、彼女の髪を撫でた。
メッセージアプリを開いて、
優斗たちからの怒涛のメッセージをちらっと見せる。
あなたの下の名前ちゃんは、安心したように笑ってくれてた。
俺は、いつだったか、
「優斗たちには秘密で」なんて彼女にお願いしたことを思い出して後悔した。
そもそも、隠さなくても良かったのかも知れない。もっと仲間を信頼して味方につけて良かったんだな。
今夜眠る前にまた連絡し合うことを約束して、彼女と別れた。
そして、
帰り道。
優斗たちとのトークルームを開いた。
家に着くまでずっとみんなとやり取りしてた。
俺、愛されてんなーって………思った一日だった。水面下で動く期間がちょっとしかなかったのは予想外だったけど、彼女の想いも聞けて、俺の中のもやもやも話せたし、何より、「いや、今から会いに行けよ」って突っ込んでくれた仲間に背中を押された。
眠る前に彼女と次の約束決めてから寝ようと思ってたけど、明日、お店に行くことを伝えたら、彼女はなんて言うかな。
今日も明日も俺に会えて喜んでくれるかな。
…じゃなくて、
俺が、明日も会えるの嬉しいって伝えなきゃ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!