早めに仕事が終わって、解散。
本当は今日は逢えない予定だったけど、急遽、あなたの下の名前に連絡してみることに。
メッセージを送ったけど既読にもならない。
忙しいのかな。
まぁ、ゆっくり待つとするか。そのうち返信くれるでしょ。
ウィンドウショッピングして、気になってた洋服屋さんも行って、そろそろお腹空いたからあなたの下の名前から返事来ないかなーなんて思いながら街をウロウロしていると…
俺の目に飛び込んできたのは
さっきまで一緒にいた仕事仲間の瑞稀君とあなたの下の名前が一緒にいるところだった。
めちゃくちゃ楽しそうに笑って話してる。
俺からのメッセージ気付いてないのかな。
信じられない。
俺が仕事の予定の日時に、こんな…。
しかも、仕事が予定より早く終わって、連絡したのに、俺と一緒にさっきまで仕事してた瑞稀君とあなたの下の名前がデートしてるとか、ほんとに信じられない。
2人にわからないように少し離れたところで見てた。
洋服?一緒に買い物?
瑞稀君があなたの下の名前のバッグ持って、あなたの下の名前が試着するの待ってる…?
マジもんのデートやん。
( ;´Д`)
何回も試着しては、2人でイチャイチャして…。あ、なんか俺いま悲しい。
どうしたらいいんだ、これは。
瑞稀君が、あなたの下の名前に洋服合わせてあげたりしてる。
ツライ………切ないぞこれは…。
え、しかも、瑞稀君が買ってあげてる。
プレゼント………?
2人が買い物終えたので、俺は急いでその場を立ち去る。
心臓がバクバクしてて、落ち着かない。
もう見ちゃったんだから深追いするだけ傷が抉られるって言うのに、まだ俺は2人を目で追ってた。
あなたの下の名前がスマホの通知に気付いたみたいで、瑞稀君となんか話しながらスマホ触ってる。
そして俺のスマホが震えた。
白々しいな。
だんだん腹立って来てる。
俺は、2人を目撃したことを黙ったまま、
この日から、普通に、当たり前のように、これまで通りあなたの下の名前と付き合ってた。
大好きだし、俺と居る時のあなたの下の名前は今までと何ら変わらないし、でも………
俺が何も知らないと思って………
当然、仕事も、何事もないようにこなしていたし、瑞稀君とも顔を合わす。
仕事の合間に、瑞稀君のスマホにあなたって表示されたメッセージ通知が来てるのも偶然見たこともある。隠す気ゼロかよ…。
ただ、瑞稀君は俺に対して全く変わらず優しく接してくれる。
ん?
ちょっと待ってくれ。
もしかして、俺とあなたの下の名前が付き合ってるって知らないのかな。
だとしたら……
ある日のデート。
もう悲しいとかじゃなくて、うっかりため息吐きそうになる。
あの時、瑞稀君がプレゼントしてた服を着て俺と逢うなんて。
どういう神経してんだ。
食事のあと、
俺は意を決して、あなたの下の名前に瑞稀君のことを突きつけた。
あからさまに、あなたの下の名前は悲しい表情になった。
今の俺には、それすら、わざとらしくて計算高く見えてしまう。
俺の前で瑞稀君のこと呼び捨てとか、
驚きすぎてボロが出たってとこかな。
はあ………もう、俺はもう無理って思ってた。
本当は
あなたの下の名前と出逢えて付き合えて良かったって思ってたけど、口をついて出て来たのは、こんな憎まれ口だった。
俺は自ら負けを認めたみたいで、ただただ、残念な気持ちだったな。
あなたの下の名前は、とても悲しい目で俺を見て言った。
そして黙って、帰って行った。
なんか、モヤっとするけど、
結局、何の証明も出来ないんだから、
だからこんなにあっさり引き下がって………
めんどくさくなって俺を見限ったってとこか。
翌日から
俺は、なるべく仕事に全神経を使い果たすようにしてた。
ちょっとでも余計なこと考えると、
ブレる気がして。
気持ちが晴れる……ことは無い。
瑞稀君が居るし。
どうしてもあなたの下の名前のことは心によぎる。
集中してるつもりが、なんかいつもと違うのか、仕事仲間や関係者から、口々に「どうした?なんか調子悪い?」と言われてた。
勝ち誇って嘲笑われたように思えて、
条件反射的に
と、冷たく言い放ってしまった。
我ながら大人気ない。
仕事の合間、俺がボソッと放った言葉に、瑞稀君は反応して、俺をみんなから離れたところに引っ張ってきて、俺は瑞稀君と2人でこそこそ話す羽目に。
何が楽しくてこんな………
俺は
「…露骨に反応してんじゃん…」
と小さな独り言。
明らか動揺してる瑞稀君を横目にしれっと見ながら、俺はもううんざりしてた。
本命さんは余裕でいいっすねー。
不貞腐れてる俺に
瑞稀君は焦った様子であれこれ聞いてくる。
瑞稀君はスマホを俺の前に置いて、
スピーカーにして、お母さんに電話をかけた。
コール音が2回、
すぐに相手が電話に出た。
瑞稀君のお母さんだ。
マジで親に電話してんの、なにこれ。
「どうしたの?瑞稀仕事じゃないの?」
「え?あなたの下の名前ちゃん?2歳違いに決まってるでしょ。どうしたの。あなたの下の名前ちゃんがなに?なんかあったの?」
「えー?!そうなの?!こんなことあるんだね!」
「(笑)いくらなんでもあなたの下の名前ちゃんもっと顔面の趣味いいでしょ(笑)。恋人に見えたっていうこと?(笑)面白いね。」
「あなたの下の名前ちゃんと居たらアンタ頑張ってもATMにしか見えないのにね(笑)。一応ライバルにしてもらえたのね(笑)。あ、ATMに見えるんじゃなくて、財布代わりみたいなもんだよね🤣」
「はいはい、なに?」
「覚えてるに決まってるでしょ。あなたの下の名前ちゃんはお母さんも働いてたから、よくうちの家族とどこか出掛けたり、ご飯もしょっちゅう食べに来てたしね。うちの子よ、ほぼ。」
瑞稀君は、お母さんとひとしきりあなたの下の名前の話をして電話を切った。
俺が、何も言えずに居ると、
怒ったりせずに、いつも通りのトーンで俺に言った。
瑞稀君とお母さんの会話を聞きながら、
俺はみるみる動悸がして、
別れた時のあなたの下の名前の悲しい顔……俺を責めることなく肩を落として去って行った後ろ姿…を、思い出してしまってた。
何か言葉を発したら、ぶわっと泣いてしまいそうなくらい。
瑞稀君の話なんか殆ど入って来なかった。
ひたすらに、
あなたの下の名前に酷いこと言った、
あの洋服も俺の隣で着る前提だったんだ…
一度出した言葉は引っ込められない…ってことばかり思ってた。
後悔してももう遅かった。
俺は、瑞稀君に背中をバシッと叩かれて、
大きく頷き、現場へ戻った。
この日の仕事は、ずっと、瑞稀君が俺を気にかけてくれてたように思えた。
瑞稀君にもちゃんと謝れていない。
仕事がひと段落して、
瑞稀君は終了、俺はあと一件仕事があった。
移動車が用意出来るまでの少しの間、俺は控室で待つことになっていて、瑞稀君はわざと、うん、多分わざと他の人よりも遅く、帰り支度をしてたと思う。
控室を颯爽と出て行った瑞稀君をすぐに追った。
俺の肩をポンポンと軽く叩いて、瑞稀君は帰って行った。
今日、最後の現場も、
なんとかやり切った。
そして、
帰り道、
あなたの下の名前に電話をかけた。
出てくれない。
3回かけ直して、
諦めようかと思って、あと一回だけ…と最後のつもりでかけた電話に、あなたの下の名前は出てくれた。
黙ってたんじゃない。
話せなかったんだ。
電話に出てくれたことにホッとしたこともあるし、一方的に責めてしまったことや、あなたの下の名前の話を全然聞こうとしなかったこと、悲しませたこと、色々全部…………
泣いて、話せなかった。
あ………俺が言った言葉………。
電話はそこで切れてしまった。
不安だらけのまんま
あなたの下の名前の暮らすマンションへ向かう。行かないなんて選択肢は秒で捨てた。
玄関ドアの前で電話をかけて、あなたの下の名前に告げた。
何も返答はなく……静かに電話が切れると、
目の前のドアが開いた。
表情が怒ってる。
申し訳ない気持ち120%の俺は、ごめんって言葉を出すのもはばかられるくらいで、言葉よりも先に力なく頭を下げた。
俺が頭を下げたと同時に、あなたの下の名前が抱きついて来た。
抱きしめ返していいのかどうかも不安で、両手の行き場が無かった。
抱きついたまんま喋るし、何て言ってるかわからなくて、聞き返した。
身体を丸めて、俺よりずっと小さいあなたの下の名前が何を話してるのか聞こうとする。
本当に思ってた気持ちを伝えなきゃいけないと思って、震える声で話す。
思い返したら、
俺、あなたの下の名前が俺を好きで付き合ってることに自信がなかったのかもしれない。
だから瑞稀君とあなたの下の名前を見かけた時にすぐに決めつけて思い込んで、ほらやっぱりって…………
あなたの下の名前は俺にギュッと抱きついたまま、肩を揺らして笑ってるみたい。
俺から少し身体を離して、ちゃんと俺の顔見て話してくれてる。
そうだよな、だって別れちゃってるんだから。
こうしてまた逢えて、好き同士って分かってるのに、別れているから元カノってことになってしまう。
あなたの下の名前にそう言わせてしまってるのは、全部俺のせい。
照れ臭かったけど、控えめに俺がそう言うと、彼女は「戻りたい」って言った。
図々しくも、あなたの下の名前のこと抱き寄せた。これくらいしか、今は出来ない。
ずっと申し訳ない気持ちでいた俺も、これには笑い出しちゃった。
やっと前みたいに笑い合えた。
ホッとした。
このあと、あなたの下の名前の部屋から、瑞稀君に連絡をした。
俺が1番悪いのに、
あなたの下の名前も瑞稀君も、最終的には笑って許してくれた。
こんなこと、もう考えたくないけど、これから先、あなたの下の名前に寄ってくる男がいても、自信もって俺の方が勝ってるって思うような俺でいないとな。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。