休みの日、ひとりで歩いているときに、
控えめに声をかけられた。
弱気なナンパかと思って立ち止まることもなく歩いていたら、その人物は付いてきて、私の顔を確かめるように少し前に出てもう一度話しかけてきた。
名前を言われて驚いて、立ち止まった。
その人の姿をちゃんと見て、
私は息を呑んだ。
そんな私の無言の反応に、もう一度その人は私の名前を言う。
だいぶ前…もう1年以上経つな………私はこの人=蒼弥に、盛大にフラれた。
なんで蒼弥は私と付き合ってくれたのか、と思い続けた恋愛だった。
だって、私は、さっぱり冴えない女だったから。
見た目も華やかじゃなかったし、どこにでも居る普通の、本当に極々普通の人だった。
蒼弥は、冴えない私でも、「俺のこと好きって思ってくれてありがとう」精神で付き合ってくれた。でも、そんな付き合い方で長続きするはずがなかった。
「あなたの下の名前のこと嫌いじゃないけど、でも何ヶ月も付き合ってきてるのに、あなたの下の名前がよく分からないし、このまま付き合ってていいのかも分からないから…」
そんなふんわりした感じで、でも私にとっては盛大にフラれた。
そりゃびっくりしただろうね。
私のびっくりしたと、蒼弥のびっくりしたは、多分意味が違う。
能天気なこと言うんだなー。
私は、蒼弥のことを忘れよう忘れようとして生きてきたのに。
蒼弥が私のこと分からないって言ったから、
このまま付き合ってていいか分からないって言ったから、私は自分を変えようと必死になった。もうフラれて別れているのに、いつか蒼弥と再会する機会があっても私だと気付かないくらいになってやると思って。
蒼弥は、私のことを二度見した。
蒼弥が意外にも動揺を隠せてなかったから、
私は、私の外見が変わるにつれて男の人からの反応とか態度が変わって来てることを思い返していた。
何を悟ったわけでもないけれど、
潜在的に「男ってバカだなー」くらいには思うようになってたと思う。
私と蒼弥は、少し歩いた。
会話は殆ど無く。
気まずそうにしてる蒼弥を隣に感じながら、
しばらく歩いて、話せそうなお店に入った。
じーっと私を見てるから、なんか、居心地悪くて。
蒼弥はちょっとだけ、表情を曇らせたように見えた。気のせいかな。分かんないけど。
私に声かけちゃったこと、後悔してんのかな。
2人、ものすごくぎこちなかった。
久しぶりすぎたこともあるし、
私が変わっていたこともあるだろうし、
さっき偶然バッタリ会っちゃったっていうのも少なからず影響してると思う。
私は、
蒼弥が、話そうよって言ってくれたから、
いいよって答えただけ。
蒼弥は、
私になんの話をしようと思ったんだろう。
全然、話が見えない。
見えなさすぎて、だんだん退屈になってきつつある。
過去の私と居る時は、蒼弥は、こんな感じじゃなかった気がする。
私が変わったから接し方も変わったのか。
それとも単に久々だからなのか。
蒼弥に対してこんなふうに少しでも思うことになるなんて、考えたことなかった。
男って、バカだなー。
って。
過去に付き合ってた女が、
いつまでも自分が知ってるまんまだと信じてるのだとしたら、どれだけ脳内お花畑?
私は彼の提案を飲んだ。
今まで、特に、蒼弥からの連絡を拒否してたこともないし、避けていたわけでもないけれど、どちらからも連絡をしないまま時が過ぎてたから、こうして偶然再会したのも何かタイミングみたいなものがあるのかもね。
私も、うまくはなせなかったから、
彼には申し訳なかった。
つまらなさそうに見えてるだろうし。
そこからまっすぐ帰宅した。
帰り道ずーっと蒼弥のことを考えてた。
偶然とは言え、久しぶりに会った蒼弥は、前よりちょっと大人っぽくなってた気もしたし、でもうまく話せずにまごまごしてるのは意外な可愛さだなーなんて思ったりして。
その日の夜遅く、
そろそろ寝るかなーーってときに、
蒼弥が電話をかけてきた。
いきなり電話?(笑)ってスマホに突っ込んじゃった。
そーかな………
って、控えめに言う感じも、前とは少し違って感じたな。
元々、私が知ってる蒼弥は、なんというか、もう少し堂々としていて、はっきりものを言う感じというか。
なのに、今の蒼弥は、
私の反応を伺ってるように感じて。
私は
蒼弥に、正直に話してみた。
蒼弥と別れることになったときに、蒼弥が私に言ったこと。
それがきっかけで、自分を変えたくなったこと。
───付き合っていても俺はあなたの下の名前が分からない。
だから、分かりやすくならなきゃいけない気がしたこと。
もっと、私はこうなんだ、って自分を出せた方がいいのかなって考えたこととかも。
電話の向こうで蒼弥は暫く黙ってた。
なにを思って黙ってるんだろうね。
私は、蒼弥がちょっとだけ、俺は知ってるってマウント取ってくる風な言い方したのが面白くて、クスクスと笑い続けてた。
気付いたら、楽しくお喋りしてた。
最初はとてもよそよそしい空気感だったのに、笑って話してた。
なんか本当の言いたいことがあるんだなってのは分かった。
ちょっと黙ってしまった。
なんで?
ここ黙るとこ?
よく分からないけど、蒼弥が言いたいこと、話したいことに、近づいてるのかもしれないと思って聞いてた。
あ、そこは、
そいつらと一緒にすんな、って言わないんだ(笑)。
最後に、私は蒼弥に、手を差し出して、今までありがとうって握手したくて。
蒼弥はギュッと握手してくれたけど、
私はもう彼の手を握り返す勇気も無くなってた。ただただ、彼の手を自信が無い震える両手で力無く包み込むしか出来なかったんだ。
ちょっと思い出して、つらくなる。
でも越えてきたんだって自負も今はある。
当時の私はなんの取り柄も特徴もない普通すぎるくらい普通の子だったから、蒼弥が付き合ってくれたことも奇跡みたいだった。
彼の話を聞いてて分かるのは、昔の私はこういうのが無かったってこと。
一生懸命伝えようとか、なんとかして表現しようとかが、足りてなかったんだよなー。
ただただ蒼弥を好き、それだけで居たから、自己満足みたいな状態だったかもしれない。
昨日まで忘れてたくらいなのに、
ただ偶然会った、それだけで、人の心って変わったり動いたりするのかな。
珍しいもん見たから興味湧いただけ、なんじゃない?って思うようにしとこ。
とは言え、
もう一生会わないと思ってた。
でも会えたし、こうして直接電話もしてる。
不思議なタイミングってあるもんなんだな。
立場逆転なんてオーバーな…って私は思ってるんだけど、蒼弥が何をどう考えてるのか分かんないし、ちょっと流れに委ねてみてもいいのかな。
ほんと男って………と心によぎりつつ、
まあいっか、って気持ちもあって、こんな蒼弥もなかなか見れないなとかも思って(笑)………
私のペースって言いたかったのかな(笑)。
でも、
こうなれたのは、
蒼弥のお陰。
これくらい許してくれたら、意地悪する気無いから心配しなくていいのに。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。