頭に響くような鼓動の音。
どくどく速いその音と、微かに伝わる震えに、思わず何も言えなくなる。
清香先輩の声、それに続いて先生たちの声も聞こえてきた。
ストーカーが零先輩から先生に引き渡される。まだ何か叫んでいるけれど、私の耳には入ってこなかった。
日和先輩の声が聞こえた瞬間、温もりがなくなって速かった音も聞こえなくなった。
寂しくなって目で追うと、日和先輩はストーカーの傍に行くところだった。
腰が抜けて立てない私に駆け寄ってきてくれた清香先輩は、どこか意味深に笑っていた。
ストーカーはそれでも何かを叫んでる。
日和先輩は、何度も謝っていた。
ストーカーが連れていかれた後、零先輩は呆れたように声を出した。
零先輩たちが学校に戻っていくのを見届けてたら、目の前に日和先輩が来てくれた。
日和先輩が差し出してくれた手を取ると、優しく、でも強く引っ張り上げてくれた。
少しだけ沈んだような日和先輩の笑顔。
責任、感じさせちゃったのかな……?
日和先輩に会えないことが、
日和先輩が部活にこないことが、
日和先輩に笑ってもらえないことが、寂しかった。
小さな声に、思わず泣きそうになる。
違う、そんな顔をさせたかったわけじゃなかったのに……。
ふんわり笑った日和先輩は、いつもよりずっと優しい顔をしていた。
その顔に、胸がどきんって、……
今まで感じたことのない鼓動。
速くって、苦しくって、……顔が熱い。
顔をペタペタ触れば、熱を持ってることが分かる。
さっきまでは普通だったのに、汗まででてきて……
知ってる、この感情、聞いたことある。
これは、私がずっと、学んできたもの。
あ、名前……。
そうだ、いつか見た映画のヒロインが、名前を呼ばれるだけで嬉しくなるって……。
うれしい。私、今名前を呼ばれただけで飛び跳ねそうなくらい嬉しくなった。
私は急いでカバンの中を漁った。
手帳に挟んであった二つの長方形の紙。
これを渡された日、なんで日和先輩が怒ってしまったのか分かった。
驚いたような日和先輩に、映画のチケットを差し出す。
私、今きっと顔真っ赤なんだろうな。
あれは部活の実技だってわかってる。
日和先輩が誰にでも優しいのだってわかってる。
でも、零先輩の言いつけを守ろうと頑張ってる日和先輩のことも知ってる。
あの時言ってくれた日和先輩のセリフを真似る。
うぅ……心臓が痛い……!
日和先輩が近づいてきて、ゆっくり抱きしめてくれる。
耳元に届いた心音は、さっきの比じゃないくらいドキドキしてた。
少しだけ離れて日和先輩の顔を見れば、私と同じじゃないかってくらい赤かった。
ゆっくり近づいてきた日和先輩の顔。
ファーストキスはレモンの味ではないってことを、今日学びました。
end
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。