───────リアドネ視点───────
妹が攫われた。
これは冗談などではない、本当の事だ。
昨日大きめの袋を持った二人組が第三皇女宮に侵入したという。
兵士たちが異変に気付き妹の寝室へ向かったときには、もう手遅れ。
そこに居たのは、恐らくは催眠ガスなどで気絶させられたメイド達だけ。
あの子が寝ていたベビーベッドの上は荒らされており、あの子の姿はどこにもない。
血痕などは見当たらなかったことから、まだ殺されていないだろうと近衛兵士長は言っていたけど。
それでも私は、あの子が心配でたまらない。
あのとき、父上様に「たまには妹に顔を見せろ」と心にも無さそうなことを言われ、渋々あの子に会いに行った。
最初はなんとも思わなかった、けど。
あの子が私に見せてくれた屈託のないあの笑顔。
それは私があの子を好きになるのに充分なものだった。
あれからスケジュールに余裕が無くなってきて、あの子と会ったのはあの一日だけ。
それでも私はあの子を守ってあげたいと思っていた。
その矢先にこれだ。
父上様は自分の娘が攫われたというのに、まるで無関心だ。
父上様だって、あの子に会ったことは多分、片手で足りる程に少ないだろう。
しかも私が知っているだけでも、その時間帯あの子はまだ寝ている。
だから仕方ないのかも知れない。
…仕方ない?
自分で言っておいて何を言っているのだ私は。
私はあの子が攫われるとき、のんびりと優雅に夕食を食べていた。
ごめんねオーネ。
もしあのとき私が夕食を残してでも兵士を連れて貴女のところへ行っていれば、貴女は攫われずに済んだかもしれない。
そしたら、今も笑って過ごすことができたはずなのに。
ごめんね、こんな不甲斐ないお姉ちゃんで。
…いや、悔やんでいる暇はない。
もしかしたら今この瞬間も、あの子は悪党共に酷い目に合わされているかもしれない。
私は、あの子を守れなかった。
だから、私があの子を助けてあげるんだ。
大丈夫、私は第一皇女。
いくら皇子以外に関心のない父上様だって、私が必死に頼み込めば兵を出してくれるかもしれない。
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バタンッ
…こんなに自分の父親に怒りを抱いたのは初めてだ。
第三皇女だから良い?笑わせるな。
あんなクズに頼んだ私が間違いだった。
…こうなったら私自身の権力でどうにかするしか無い。
兵舎は…確かこっちのはずだ。
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…やった!
成功だ!
初めて自分の地位に感謝したものだ。
近衛兵士長といえど、シャンドール帝国第一皇女の頼みは断れなかったようだ。
これから兵を挙げて第三皇女捜索にあたるらしい。
…はぁ…
きっと、これであの子を助けられるかもしれない。
私にできることはやった…と思う。
あとはこの国の兵士に頼るしか無いだろう。
オーネ、待っててね。
ちゃんと無事に助けるから。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!