第70話

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2022/11/14 09:00
ヘチャン



「あれ…

あなた」



名前を呼ぶとくるっと振り返る
そんな仕草は変わらない



「あ、え、ヘチャニヒョン」



「まだ練習してたの?」



「あぁ、まあ、うん。」



煮え切らない返事は違和感があった






中に入ると意外と狭くて、窮屈だなと思った



「ここ狭いね」



「あぁ、ですよね」



俺の言葉に、素っ気なく返事したあなたは
流していた音楽を止めて水を飲み出した



19人でのパフォーマンスって、練習してても全く想像がつかない

本当に仕上がるのか不安になるほどだ



待って

あなたが1人で練習してるって、よく考えるとどうなってんだ。

あいつらがあなたを1人にするはずないのに



「なんであなた1人で練習してんの?他のやつらは?」



「あー、それはその、」



気まずそうな顔で目を逸らした



「1人で練習してて、また前みたいな事あったらどうすんの」



「うん…」



あなたにとっては耳が痛いかもしれないけど
今あんな事があっては困るのだ



俺自身も、倒れたあの時の感覚をもう一度味わうのはごめんだし
今の俺達ならきっと口うるさく問い詰めるよ

そしたらあなたは、もう絶対に1人で出歩けなくなるからね



「ほどほどにしとけ」



「分かってるよ、」



「本当か〜?

あなたが頑張ってるのはよーく知ってる。
大変な状況で耐えてるのも知ってる。

だからこそ、頑張りすぎちゃダメ」



頭を撫でると、逸れていたあなたの目線がバッチリと俺を捉える



「…見つかっちゃった」



イタズラに笑ったのは、誤魔化しなのだろうか



「前は見つからなかったのになぁ、」



「前?」



「うん、あの時もここにいたから

あ、でも最終的には見つかったのか、」



この練習室が、あの時あなたの倒れた場所

ここであなたは、無理な練習を強いられていた



なんだか、無性にここから出たくなった



「あなた、もう帰ろう」



「はーい」



最低限な荷物を持って練習室を出た



「ヘチャニヒョンは、こっちに帰るの?」



「いや、あなたを送ったら127の方戻るよ」



「えぇ、マネヒョン呼べばいいのに」



「…たまには散歩もいいじゃん」



涼しくなってきた夜道を歩く
いつの間にか、俺はあなたの手を取っていた。



無意識に手を繋ぐって相当だな
それを違和感なく握り返すあなたも慣れすぎているけど



「Black on Black難しい?」



「うーん、結局全部難しいから一緒」



「はは、GOも難しいか」



「うん…」



「1人で練習せずに、みんなに聞けばいいのに」



その方が絶対分かりやすいと思うのにな



「ヒョン達と私じゃ、出発地点が違うでしょ」



「出発地点ってなに」



「ヒョン達は理解した事前提で動けるけど、私はまず体の動かし方から練習する感覚」



…あぁ、そうなのか

多分、俺には理解出来ないんだろうな



決して理解する事を諦めているのではなく、理解したくても出来ないのだ



ダンスは、一見振り付けを覚えて当てはめれば良さそうに見える。
実際、娯楽程度ならそれでも「まあ上手いね」となる

けどそれを仕事としてる俺達は、そんな浅瀬程度の知識じゃダメなんだ

だからこそ、練習生には基礎基本をみっちりと叩き込まれる



男と女はクラスが違うから、あなたがどんな練習をしたのか知らないけど

今苦労してるのだから、きっと全く違うんだろう



「…でも、1人じゃなくてもさ、トレーナーさんとかに付き合ってもらえばいいんじゃないの

女性のトレーナーさんもいっぱいいるんだし」



「こんな夜遅くまでダメですよ。特に女性は」



「えぇ…でも仕事の1部でしょ」



「わあ...ヘチャニヒョンはこんな夜遅くに女性を1人で歩かせるような、そんな男だったんですね」



「はあ?」



なんかすごい言いがかりをつけられている?

てか今あなた送ってるんだからそんな事ないじゃん!!



「あなた、あなたは今誰に送られてるの?」



「え?」



「俺だよね?ヘチャンだよね?

そのヘチャンがあなたという女の子を家まで送り届けてるんだけど?」



「…気まぐれでしょ?」



なんでそうなる



俺はちゃんと、あなたが危険な目に会わないようにと思って送ってるのに!



「あなたがこの夜道を1人で帰るのは危ないから、だから俺が送ってるわけよ」



「…」



「分かった?決して俺はそんな無慈悲な男じゃないから」



「…ヘチャニヒョンいなかったら、普通にマネヒョン呼んでたのに」



...

ダメだ俺最近気づいてたんだ

あなたって実は、人をいじる方が好きなの

そしてその反応を見て面白がってんの



チソンとかが見事に餌食にされるんだけど



いや、分かるよ面白いの
俺も好きだよドヨンイヒョンとかの反応面白いしね?



でも俺、いじられる耐性あんまないんだよ
普段ドヨンイヒョンマクヒョン辺りをいじり倒してるから、逆にいじられる耐性ないんだって



最近思ってたんだよ本当
俺、DREAMの中でのカースト低くない?

そうだよね低いよね



そしてそれを作り出してるのは多分あなただよね?



「もしマネヒョン呼んでたら…今頃もう宿舎に着いてたのかな」



「分かんないよ、まだ練習してたんじゃない?」



「ううん、丁度終わろうと思ってたから」



「本当か〜?」



「そうだよ」



なんだ、この小学生みたいなやりとり



「足が痛いなあ〜、練習頑張った後に歩いて帰るのしんどいなあ〜」



「…ああー、はいはい、ごめんなさいね〜

そうだよ、俺があなたと歩いて帰りたかったの!
あなたがだーいすきだからね!」



開き直って、もうかっこ悪い言葉しか出てこない
まあ嘘じゃないけどさ…

俺拗ねたら面倒いよ?

でももう手遅れだ、拗ねちゃったからね



「待ってくださいよー、

怒りました?」



繋いでいた手を離して少し前を歩く
そんな俺を小走りで追いかけて、腕を掴んできた



「別にー」



「あ、拗ねたんですね」



「うるさい」



このまま立場逆転すればいい
本気で怒ったと思って、機嫌取りに来ればいい

もうちょっとだと思うんだけど、油断したらまた先手取られる



「ねえヘチャニヒョン…」



ほら、きたきた

絶対上手くいかなくて拗ねてる顔してる
あなたお得意の、唇とんがらせるやつ

これくらいに振り向けば、かわいいお顔が見れるんだよ









それなのに

思ってた顔とは全く違って



してやったりなその顔は、俺の想像してた表情とは真反対

なんで



「足痛いー」



「な、」



「ヘチャニヒョン私足痛いよー」



「…どうしろって言うんだよ、」



「おんぶ」



「ええ?」



「おんぶ、して?」



はぁ…



俺の負けか

負けを確信した俺は、素直にあなたの足元へしゃがんだ



「よいしょ、

お姫様だ」



女の子ってこんなに軽いもんなのかな

あまりそこに対して理想は抱かないタイプだけど
…思ってたより軽かったかも



耳元にかかる息がくすぐったい

あなたの話をこうやって聞いているだけで、心臓が締め付けられるのに
そんな事知りもせず、楽しそうに笑うのはずるい



「いいですね

お姫様、なりたいな」



「…なってるって」



「え?」



既にあなたは、俺達のお姫様だよ



とっくのとおに、2年も前から

出会った時からその未来は決まっていたんだ




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