お祭りから戻ると、いつも通りお兄ちゃんがいた
畳の匂いが鼻をくすぐる
下駄を脱ぐと、足がかなり楽になった
帰ってまず、洗面所に向かう
帯を解くと、呼吸がすっと通る感覚がした
髪飾りも取り、髪ゴムとタオルだけ持ち込む
熱いシャワーが心地いい
鏡が徐々に曇っていく
それを見て、ふと思い出した
……今日という日を、忘れていたのだ
すっかり、頭から抜け落ちていた
鼻の奥がツンとしてくる
目の奥が熱い
だけどそれ以外の感覚は全て、シャワーに持っていかれる
シャワーを止め、シャンプーを手のひらにとる
案外直ぐに泡が立つ
シャンプーを洗い流す頃には、さっきまでの感覚は消えていた
泡が鏡を伝って落ちる
そこだけが曇っておらず、鏡の自分を目が合う
その目には、何かが宿っているようだった
見ると、スマホには確かに通知が来ていた
しのぶからのメールだった
今日の写真が複数枚、送られてきていた
その中には、私と実弥のツーショットもあった
それは、しのぶが不意打ちで撮ったものだと思い出した
2人とも何とも言えない顔をしていて、思わず吹き出す
私は『ありがとう』とだけ返した
部屋で髪を拭きながら、スマホを触る
机の上には、水の入ったヨーヨーが転がっている
揺れる度たぷんと音がする
その時、またメールの通知が来る
なんか話が進んでいたので、私も参加することにした
結局1時半まで通話は続いた
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。