第23話

失楽園
974
2020/03/03 12:11
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
(ここには、足りないものは何もない)
穏やかな景色、隣で笑う彼女や元気な妹。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
(だけど……)
能美川 明梨
能美川 明梨
ね、行きましょう。幸寛
彼女の手を取ると、よく知った冷たい手だった。
能美川 明梨
能美川 明梨
私の、アダム
いつも触れていた冷たさに安心する――






――はずなのに、どこか違和感を感じた。


前は、自分の熱がすぐに伝導してほのかな温かさが握り返されたような気がしたのに。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
手……
彼女の手は、全てを吸い込んでしまうような、ひたすら熱を奪っていくようなもので。
自分の中身まで吸い取られて、空っぽになっていくような。


俺は立ち止まって、彼女を見た。
能美川 明梨
能美川 明梨
幸寛?
ぱっと手を離して、彼女をじっと観察する。



妙に居心地いい空間、俺に手を振る妹と家族。


心の中がすべて満ち足りているような穏やかな気分。
確かにそれを実感していて、間違いのない感覚のように思える。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……完璧だな
自分の心に湧く気持ちも、目に映るものも、全て俺が否定したくないものだった。



怪訝そうに彼女が首を傾けると、ブラウスの中にきらりと輝くものが隠れた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ただ……だからこそ
俺は彼女の首筋に手を伸ばして、金色のネックレスを引っ張り出す。



太陽の光を帯びる、ひまわりの形をしたネックレス。



――俺が、あの日誕生日プレゼントで優夏にあげたものだった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
たった一つの異物が目立つ
明梨はありえないといった表情で俺を見上げる。ただでさえ白い顔から色が失われ、蒼白になっていた。
能美川 明梨
能美川 明梨
どうして……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
どうして? 
そう言いたいのはこっちの方だ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
どうして、お前がこれを持っている?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺の妹の――
失われたはずのネックレスを
明梨は眉を寄せ、俺を睨みつけながら息を飲んだ。
優夏
お兄ちゃん? どうしたの怖い顔して……
優夏が心配そうに俺に話しかけてきた。眉を下げると前髪に隠れていたほくろが見えるところまでそっくりだった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……お前の作った世界は完璧だったよ。本当に
俺は優夏の頭に麦わら帽子を返して、名残惜しさを残さないように軽く撫でた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
さよなら、優夏
名前を呼ぶと泣きそうになった。



もう、呼ぶことのない名前だったから。
能美川 明梨
能美川 明梨
……なぜ? ここにいればあなたはずっと楽園で暮らせるのよ?
明梨は激情を抑え込むように、震える声音で俺に問いかける。
能美川 明梨
能美川 明梨
あなたの妹は生きていて、家族から除け者にもされていない
能美川 明梨
能美川 明梨
傷つかなくていい、苦しまなくていい。あなただって、もう疲れたでしょう?
能美川 明梨
能美川 明梨
――私を、選んでくれさえすれば。あなたはこの楽園にずっといられるわ。
そう言っていびつに笑った彼女に、俺はたった一言だけ返した。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
簡単なことだ
――お前は、俺のイヴじゃない

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