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第1話

心臓を撃ち抜くのは
いつまでも目を覚まさない君へ。



一体どんな夢を見ているの。
それとも見ていないのかな。
薄暗い部屋の中で、ベッドに横たわっている美しい人に私はそっと手を触れる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
三好先輩……
長いまつ毛は伏せられたまま、瞬きすらしない。
顔色は真っ白で生気を感じられないが、あれから体は朽ちることなく、ただ眠っているだけのようにも見える。
佐那城先生が起こした事件から一週間以上が過ぎた。



三好先輩は私の家の地下室に安置されることになった。家に地下室があったなんて知らなかったけど、皐月ねえが秘密裏に薬を開発していた場所のようだった。
九井原 皐月
九井原 皐月
(回復する見込みは、ほとんどないわ)
皐月ねえの残酷な宣言が頭の中でこだまする。
皐月ねえ曰く三好先輩は「生きているとも、死んでいるとも言えない」状態らしい。

彼を撃ち抜いた弾丸を調べたら、食人鬼にとって致命的な成分が含まれていたと言う。

彼の人形のように整った顔を指先でなぞった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(もう、悪戯っぽい笑顔も見せてくれないんですね)
精巧な作り物のように動かない先輩は、生きていたことが嘘みたいで悲しかった。



キィっと天井の扉が軋む音が聞こえ、誰かがはしごを降りて部屋に入ってきた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉、ここに居たのか
寂しさと不安が入り混じった声音で、上嶋くんは私のそばに寄り添う。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うん……三好先輩が寂しくないように
上嶋くんは悲しげな笑みを作り、私の手を握った。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……私のせいで、三好先輩は
自責に苛まれて体が震え、瞳には悲しみが溜まって零れそうだった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
お前のせいじゃない。きっと三好だっていつか……
上嶋くんは私を抱きしめて背中を撫でる。
私はいつの間にか泣いていて、上嶋くんの胸を濡らしていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
少し、外に出て空気を吸おう。ずっと家に居たら気が滅入るだろう
三好先輩が目覚めなくなってから、私は毎日地下室で横たわっている彼を見ては涙を流した。
そんな私を心配して、上嶋くんも私の顔を見に来てくれる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(もう前に進まなきゃいけないって分かってるのに……)
赤子のように泣きじゃくる私を、上嶋くんはずっと抱き締めていてくれた。



















上嶋くんに支えられながら家から出る時、リビングからテレビのニュースが聞こえた。
ニュースキャスター
人気アイドルグループ『NOAH』のハルさんが活動休止を発表し…
ハル――陸下陽翔の芸名だ。

そうだ、あの時三好先輩を撃ったのは、紛れもない彼だ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(どうして……)
悲しみの波が引くと、次は憎悪が濁流のように押し寄せてきた。

どうして、三好先輩が。どうして。どうして?

頭の中でぐるぐると感情が絡まっていく。
九井原 皐月
九井原 皐月
気をつけてね
玄関で皐月ねえが見送ってくれた。暗くならないうちに帰ってきてねと、皐月ねえは何事もないように笑った。
明るく振舞おうとする皐月ねえの気遣いに、今は感謝よりも辛い気持ちでいっぱいだった。






















◆◆◆◆


もうすぐ夏休みが終わる。

夕暮れの街を歩きながら、蝉の鳴き声が聞こえると少しほっとした。
じっとりとした蒸し暑さも、肌で夏を実感出来て今は嬉しかった。

まだ夏は続いている、まだ私はここに居られる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(夏休みが終わっちゃったらどうなるんだろう)
もちろん、私はもう学校には行けない。
佐那城先生と陽翔くんは手を結んで、私を狙っていたと言う。陽翔くんは私を消すことが目的だったみたいだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(きっと、この日常はなくなってしまうんだ)
味方になってくれた佐那城先生が庇ってくれているからといって、長くは持たない。

私が黙って俯いていても、上嶋くんは手を繋いで私を導いてくれた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(でも、私は彼の手を直視できない)
包帯の巻かれた手は痛々しくて、布越しでは彼の体温を感じにくかった。
公園に入って木々の茂る坂道を上り、見晴らしの良い高台に出る。夕日に向かったベンチが長い影を作っていた。

地平線にゆっくり太陽が潰れるように沈んでいく。空の赤色は太陽の残骸のように思える。

人気の少ない夕暮れ時に、頬を撫でる生暖かな風は思ったよりも心地良かった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
最近、ちょっと涼しくなったかな
上嶋くんの手に引かれて私はベンチに座った。
彼は穏やかな表情を浮かべたまま夕日を眺める。

まだ残暑で暑くなるかもしれないけど、と他愛もない話を続けようとする上嶋くんの言葉を私は遮った。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんは……後悔してない?
私は彼の目を見れなかった。我ながらずるい質問だと思った。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あの時、上嶋くんが抱きしめてくれたことすごく嬉しかった
九井原 夕莉
九井原 夕莉
でもね……上嶋くんを何度も危険な目に遭わせてきた
くしゃくしゃになるのも構わずに、私はぎゅっとスカートを握る。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
これから私の傍にいたら、きっと普通の生活は望めない
私は上嶋くんの手を離して、しゃっくりを上げそうな喉元を押さえた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……だから、上嶋くんは私の側から離れてもいいんだよ
上嶋くんが「食人鬼」の私を抱き締めてくれたとき。

生まれて初めて、自分が自分でいていいと認められた気がした。

救われた気がしたんだ――だけど。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私自身が、君を傷つける現実に耐えられない)
だから、上嶋くんが傷ついてでも私を抱き締めてくれたことを忘れずに生きていけるだけでも、充分だと言い聞かせたんだ。

俯いたまま、唇を噛んで涙を堪える。

これ以上彼の前で泣きたくなかった。弱い自分をさらけ出したくなかった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉……
上嶋くんが寂しそうに私の名前を口にした。

あれからずっと私の弱いところばかりを、醜い所ばかりを上嶋くんに見せてきた気がする。


呆れられても、冷められても仕方ない――
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ああ、でも、やっぱりすごく辛いな)


頬に手を添えられて顔の向きを変えられ、上嶋くんと目があった。








上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
――キスしていいか?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ーーえ
何かを言う暇もなく、唇を塞がれる。

手のひらなんかよりもずっと熱い感触が唇から伝わって、頭がクラクラした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(夢の中にいるみたいに、ふわふわする)
口と口を合わせているだけなのに、どうして頭の奥が溶けだすような幸せをすぐに感じるんだろう。



名残惜しく熱が離れていき、さっきまで私の口を塞いでいた唇ははっきりと言葉を紡いだ。


















上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
あと何回キスすれば、分かってくれる?
上嶋くんは苦しそうな笑みを浮かべ、親指で湿った私の唇を優しくなぞった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……もう離したくないんだ。大切なものは
彼の深い湖面のような黒い瞳には私しか映っていない。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
だから、何度だって好きだって言う
夕日に照らされた顔は、嘘偽りなんて一切感じさせないものだった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……上嶋くんはずるいね。いいよなんて一言も言ってないのに、キスしてさ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
していいって顔してたから
冗談ぽいやり取りに、私は少し顔が綻んだ。



そうだ、ずっと上嶋くんは私の傍にいてくれた。こんな私でも許してくれた。








大好きで、大切にしたくて、
本当に愛おしい人。







九井原 夕莉
九井原 夕莉
ありがとね、上嶋くん。私、覚悟が決まった
私はベンチから立ち上がって、上嶋くんの方に翻る。


もうすぐ日が完全に沈んでしまう。

その前にやらなきゃ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんって本当に私を好きでいてくれてるんだね
私はスカートのポケットに入っている重い塊を取り出した。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……は
私の手が掲げたものを見て、上嶋くんは目を見開く。
目の前で何が起こっているのか、理解できないようだった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
初めて持ったけど、本当に重いんだね。銃って
黒い鉄の表面を夕日色の光沢が駆けていく。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
君が私を愛してくれていること、本当に実感した


私は銃口をこめかみに当て、上嶋くんに微笑んだ。







九井原 夕莉
九井原 夕莉
だから、私は私を殺さなきゃ




上嶋くんが声を上げて、私に手を伸ばす。



指先でカチリと、私は引き金を鳴らした。