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第14話

卵の中で死んだ雛
母さんが死んでから、俺は父さんと初めてまともに話した。
探偵事務所を営んでいる父さんは、ひどく機械的で冷徹に、10 歳の俺に事実を告げた。
父親
おまえは望まれた子供じゃなかった
葬式の席でそっと耳打ちをしてきた言葉がこびりついて、まるで呪いのように俺を蝕んだ。
父さんは母さんが俺を身ごもり、結婚せざるを得なかった。俺さえいなければ、望んでいた相手と結婚できたらしい。
母さんは俺を父さんをつなぎとめる道具だとしか思っていなかった。しかし、父さんは母さんに一貫して冷たい態度を取り続け、母さんは心が病んでいった
そして、精神的に追い詰められた母さんはマンションの屋上から飛び降りた。






その日は何の変哲もない朝で、俺は母さんが昨日炊いた冷や飯をかきこんでいつも通り学校に向かった。

帰ってきたら、パトカーがマンションの入り口に停まっていた。

ブルーシートの間から見えた、道路にこびり付いた赤い血痕が、目に焼き付いて。







上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
じゃあなんで……俺は生まれてきたの?
父さんは返事をしなかった。



ほどなくして、新しい母親とその連れ子が来た。俺の母さんには内緒で、父さんがずっと会っていた女性らしかった。元々、彼女と結婚する予定だったという。
父さんは今まで以上に俺を無視するようになった。生活に必要なものを与えてくれなかったことも、暴力を振るわれたこともない。



ただ俺に関心を持たなかった。必要最低限な会話の中でも、何の感情も示さなかった。
新しい事務所を作った父さんはそこで新しい母さんと連子と暮らし、俺はもう殆ど使われない古い事務所で、コンビニ弁当を一人で食べていた。
それが当たり前だった。
優夏
ねえ、あなたが私のお兄ちゃんでしょ
ある日、事務所に遊びに来て無邪気に話しかけてきた少女。それが優夏だった。



腹違いの妹。
俺と違って、彼女は望まれて生まれた子供だった。
優夏
本ばっか読んでてもつまんないよ。
お外で遊ぼう
そう言って、俺を強引に引っ張っていった手はまるでお日様のようにぽかぽかとしていたことを覚えている。

冷たい部屋から出て、久しぶりに誰かから笑いかけられた。

愛想笑いでも、同情でもない。

何の邪気もない、純粋で、太陽みたいに明るい笑顔。

眩しすぎて、俺は目が痛くなって、いつの間にか瞳から温かいものがあふれ出していた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
この日まで、ずっと知らなかったんだ。人の手が温かいこと
優夏の手がこんなに温かいのに、あまりにも小さくて自分が守ってやらねばと思った。



泣いたり、怒ったり、笑ったりする優夏を見ていると、本当はこの世界に生まれてきたものはこんなにも自由なんだと感じた。



世界が少しずつ色づいて、胸の中に様々な感情が生まれていった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
それでやっと、俺はここで生きてもいいんだって
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そう思えそうだったのに



でも、優夏は死んだ。



暗い路地裏で、色のない世界でコンクリートに広がっていく血だけが真っ赤だった。



光に伸ばした手が行き場を失って、すべて真っ暗になった。



卵の中で温かさを感じ、外の世界に希望を抱いて殻を破ろうとした矢先に、地面に落とされてぐしゃりとつぶされたような、そんな絶望。



卵の中で死んだ雛鳥のように、優夏の優しさに温められて生まれそうになった俺も、たぶんその時死んだのだ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そのあとは、ずっと……優夏の仇を取ることしか考えられなかった
ずっと、ずっと、食人鬼を追うことばかりを考えていた。



父親に何を言われても、呆れられても、すべてを無視した。

そんなことどうでも良かった。

学校での生活も、退学にならなければどうでもいい。

友達も、楽しい青春も何も必要なかった。

何の色もない世界の中では、すべてがどうでも良かった――



はずだったのに。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ちょっと、起きて!
教室で眠っている俺を起こしてきて、つっかかっていた奴がいた。



正直、放っておいてほしくて冷たく突き放したのに、彼女は俺にコーヒーをくれた。
ぬるくなったコーヒー缶は、人の温もりと同じような温かさだった。



自分の傘を、傘を忘れた彼女の下駄箱にかけてやった。
どうして、こんなことをしたのか自分でも不思議だった。



もう、周りなんてどうでもいいはずなのに。

モノクロで彩りのない世界のはずなのに。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
でも、そのとき――
校門の外から、彼女が昇降口で傘を開こうとしているのを見た。

背丈に合わない、大きすぎる黒い傘を見つめて白い頬を赤くしていた。








白と黒しかない世界に、色がついた。







そのほのかな赤い頬の色から、目が離せなかった。

死体のように冷たくなった卵が、小さな明りに照らされた気がした。

初々しい、林檎のような甘い色合いをした頬。







それがなぜかとても愛おしく感じて、俺は手を伸ばしたくなったんだ。



夕莉。
















 
能美川 明梨
能美川 明梨
大丈夫、雛鳥は死なないわ
全てを飲み込むようなささやきが、耳元に聞こえた。
能美川 明梨
能美川 明梨
私が、あなたの卵を割ってあげる
夕莉との記憶が炎に包まれて焼け落ちていき、目の前の世界が黒く焦げ付いていった。