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第18話

いつか僕だけの天使様
幼い頃の記憶がほとんどないのは、ずっと親に殴られていたからだろうか。
陸下 陽翔
(痛い、寒い、お腹が空いた)
思考の大半を占めていたのは、いつだって根源的で、生きていく上で最低限の欲求。



母親は俺に見向きもせず外に遊びに行き、父親は俺に残飯を投げつけてまた殴る。



毎日家事をこなし、息苦しい学校に行き、家に帰れば罵声と暴力を浴びせられる。そして、玄関のマットにくるまって泥のように眠る生活。



眠りに落ちるように、自分の体も溶けるように消えてしまえばいいと何度も思った。


自分の涙だけが、唯一温かさを感じた。
陸下 陽翔
(もう、生きていたくないな)
陸下 陽翔
(いつか、テレビで見たアニメの)
陸下 陽翔
(仲良の良さそうな犬とその飼い主が寄り添ったまま眠って、天使に連れていかれるシーンみたいに)
陸下 陽翔
(俺のもとにも、いつか天使が迎えに来てほしいな……)
過酷な状況が生んだ幻想、儚く脆い拠りどころ。



夢を見て目覚めたあとの、現実を叩きつけられる絶望を、苦痛を、知ってるはずなのに。



どうしても夢を見たくなって、殴られても出てこない涙が溢れた。






そして、ある日俺は本当に死にそうになった。
その日は栄養失調や疲労のせいか、うっかり皿洗いの途中父のワイングラスを割ってしまったのだ。



なんども謝っても、殴られて蹴られて踏まれて絞められて。



ボロ雑巾のようになった俺は、酒瓶やゴミが散らばった庭に放置された。 



骨が何本か折れていたのかもしれない、いつもより酷く殴られて動ける状態じゃなかった。
冬の外気にさらされて、次第に体の感覚がなくなっていく。
陸下 陽翔
(ああ、流石にもう……無理かな)
陸下 陽翔
(でも、不思議と怖くないや)
寒さに震えて腐敗臭を嗅ぐ最後でも、もう終わりにできるなら。



そう思って、二度と覚めることない安心感に身を委ねようとした。





    







       ギャアアアアアアア!












断末魔のような悲鳴。



まるで悪鬼が地獄で上げる、耳をつんざくよう醜い声だった。
陸下 陽翔
(父さん、母さん?)
人から出てくるとは思えないほど尋常じゃない叫び声に、俺はぱっと瞼を開く。



上から華奢な人影が降りてくるのが見えて、それはまるで。
陸下 陽翔
……天使?
ちょうど夜明けの光が地平線から溢れ出し、空から舞い降りるように落ちてくる少女を映し出す。



朝日の強い光の屈折が、彼女の頭上に光輪を作っているように見えた。
地面に着地した彼女は呟きを漏らした俺に気がついて、目をぱちくりと瞬かせる。

能美川 明梨
君……よかった、生きてるのね
透明で白い肌、西洋人形のように整った顔立ちと、少女らしく靭やかで細い体。
陸下 陽翔
君は……天使なの?
とてもきれいな女の子だった。
能美川 明梨
ふふ、天使なんて。違うわ
能美川 明梨
みんなは私を悪魔って呼ぶのよ
能美川 明梨
……私は、悪い人しか食べないのに
彼女のワンピースにはよく見ると赤い染みができていて、白い肌にも赤い血が飛び散っていた。



きっと彼女が俺の両親を、という考えが一瞬過ぎったが、彼女の美しさの前ではすぐにどうでもよくなった。両親にいい思い出はない。
能美川 明梨
……あなた、昔の私と同じ目をしてる
だから、放っておけなかった
能美川 明梨
あの人に……助けてもらう前の私みたい
彼女は一瞬切なそうな顔をしたが、すぐに口元を優しく綻ばせて俺に手を伸ばした。
能美川 明梨
……私、あなたの天使になるわ
そのとき、微笑んだ彼女の顔がとてもやさしくて、かわいくて、きれいで。



俺は生まれて初めて、生きててよかったと涙を流したんだ。