無料ケータイ夢小説ならプリ小説 byGMO

第42話

最後のワルツはあなたと
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺が愛するのは、夕莉だけだよ――
能美川 明梨
能美川 明梨
あ……
上嶋くんがそう言い放つと、彼女の喉から声にならない声が漏れ出した。その場に崩れ落ち、枯れる前の花が天を仰ぐように彼女は顔を上げた。
能美川 明梨
能美川 明梨
もう……私の手を取ってくれることはないの?
朝露と同じ色をした涙が明梨の頬を伝って流れていく。

欲望と嫉妬が集まり歪んでいた表情は消えて、月の光の中で真っ白な顔が虚ろなまま凍りついていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
さよなら、能美川明梨
上嶋くんは彼女に背を向けて、うずくまった私の方に歩き出した。
しかし、彼女は上嶋くんの足にすがりつく。

彼女はボロボロと涙を流しながら彼にしがみつき、だだをこねる子供のように喚き散らした。
能美川 明梨
能美川 明梨
待って! それならあなたが私を殺してよ。私のことを早く終わりにしてよ
能美川 明梨
能美川 明梨
あなたが始めた私を終わりにしてよ……
能美川 明梨
能美川 明梨
ねえ……お願いよ。じゃないと私……
彼女は震える体を両腕で抑え込むように抱きかかえる。
能美川 明梨
能美川 明梨
あなたのことが好きで、喰べてしまう
私は彼女の言葉を聞いてハッとする。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(あ……)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(そういえば彼女はいつから彼のことを……)
好きな人を喰べたくなる衝動。

喰べたくて喰べたくない――

腹の底で渦巻く欲望が理性を蝕んでいくおかしくなりそうなほどの感覚――
能美川 明梨
能美川 明梨
もう……おかしくなりそうなの。ううん、ずっとおかしかった。あなたを好きでいた苦しみが長すぎて……
能美川 明梨
能美川 明梨
気が遠くなりそうなほど何年も私を苦しみ続けた空腹から解放してよ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
明梨……あなたはずっと――
私なんかよりもずっと長く飢餓の地獄の中で耐え続けて――

彼を喰べたくない思い、手に入れたい欲望、傍にいたい願い。全てがぐちゃぐちゃになったら、きっと狂ってしまう。
全身を切り裂かれているような激痛を振り払い、足を一歩踏み込んで私はなんとか立ち上がろうとした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(でも、もう彼女は――)
能美川 明梨
能美川 明梨
お願い……もう、とっくに限界なの
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
アンタ……
能美川 明梨
能美川 明梨
殺して、くれないなら……
震える手が彼の足をなぞって力なく落ち、彼女の頭がガクンと垂れ下がる。

上嶋くんは、彼女の挙動に不審感を抱いたのか咄嗟に後ずさった。

ぞくりと、背筋をたどって背骨まで響くような悪寒が駆け巡る。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(まずいっ!)
私は無理やり足を前に出して、自分が出せるだけの力を振り絞って走り出す。

身動きを止めたはずの彼女の体が突然のけぞって――
爛々と輝く真っ赤に染まった目が孤を描いた。
能美川 明梨
能美川 明梨
……ならあなたを喰べさせて
獣のように四つん這いになったまま、彼女は上嶋くんに向かっていく。

長い爪が上嶋くんに迫り、私は彼の腕に手を伸ばす。
私と彼女、どちらが先に上嶋くんに手が届くかーー




























ガシャアアアアアン!!!





















足場の屋根が崩れて、炎が一気に目の前を覆う。

夜空まで届きそうなほどの赤が上嶋くんの前で燃え上がった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんっ! 私に手を――
能美川 明梨
能美川 明梨
幸寛おおおおおぉぉぉぉっ!!
ガラガラと、館が燃えながら崩れていき、崖の向こうに落ちていく。

その中で――私は――

上嶋くんが伸ばしてくれた手を掴むことができた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉っ!
彼の手も私の手をしっかりと掴んでいた。
能美川 明梨
能美川 明梨
あ……ゆき、ひ……
上嶋くんを掴んだその先に広がる奈落で、炎と踊るように落ちていく彼女と目があった。

最後まで腕を伸ばして、口元は彼の名前を呼ぶ形を繰り返していた。

爆発して消える前の星と同じような赤色をした彼女の瞳は、底の見えない暗闇に消えていった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
明梨……
宙ぶらりんになった上嶋くんを引っ張り上げて、また崖下を見返す。

たくさんの火の粉が空に舞い上がって、夜空に溶けていった。

私と上嶋くんは何も言えず、ただ黙って彼女の落ちていった暗闇を見つめていた。