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第46話

エピローグ
俺は、何もできなかった。

夕莉と上嶋の間に、俺が入る余地なんてなくて。ただ黙って二人を見守ることしか出来なかった。
冬空に青い月が上っていたあの頃が過ぎて、今は春風が桜を運ぶ季節になった。

俺は食人鬼ではなく――人になって、当たり前のように学生で溢れる通学路を歩いている。
杉本 美空
杉本 美空
三好先輩っ!
振り返ると、焼けた肌が眩しい少女が俺の元に忙しなく駆けて来るのが見えた。俺の隣に並んで、大声で挨拶をしてくる。
杉本 美空
杉本 美空
すっかり春になっちゃいましたね……
三好 修吾
三好 修吾
……だな
柔らかな陽光の中で、彼女はふと顔を曇らせる。その続きの言葉は分かっていた。毎回、通学路で会うたびに彼女が決まって口にする言葉だ。
杉本 美空
杉本 美空
夕莉、いつ帰ってくるかなぁ……
彼女の言葉が叶うことはないと、俺は知っていた。

もう夕莉が、人の社会に出てくることはない。陽のあたる世界ではなく、影の世界の中でひっそりと息を潜めていくことに決めたのだ――
全部を一人で抱えて、一人で消えてしまった少女。

俺が初めて恋をして、初めて失恋した相手。

夕莉がいなくなったなんて、信じたくない。

でも、夕莉の覚悟をむげにしたくない。

俺も、人として生きていかなくちゃーー

夕莉の望みを叶えてやらなくちゃーー



そう思っているのに、胸の中には切ない気持ちが残っていた。
三好 修吾
三好 修吾
……上嶋
そしてつい、この通学路にいないもう一人の人物の名前を呟いた。
三好 修吾
三好 修吾
お前は……最後までーー


















◆◆◆◆
鬱蒼と茂る木々の間から僅かに差し込む光を見上げて遠い日々を思い出す。

食人鬼がいたコロニーのさらに奥深く、人が立ち入るには困難な谷と山を越えた先の森。そこにあった打ち捨てられた山小屋を改装して新しい住処を作った。
食人鬼として人の社会に紛れて、何もかも誤魔化して生きていくのはもう辛かった。

そして、誰かを食べることも。

人との関わりを避けて、ひっそりと生きていきたい。

きっと、人に恋をした禁忌を犯した時から決まっていたことなのだ。

人を好きになったら、人を喰べられなくなる。

そして好きな人の幸せを、人生を奪いたくないなら取るべき方法はたった一つ。
恋を終わらせること。
食人鬼の恋は――最初から叶うものじゃなかったんだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(だから、これで良かったんだ――)
上嶋くんは人に生まれて、人の世界の中で暮らしていける。

太陽の当たる世界で、堂々と生きていける権利がある。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(また、一人ぼっちになっちゃったな……)
人とは違うことをずっと隠して、一人ぼっちのような気がしていた。

でも、恋をしてありのままの自分を受け入れてもらえたような気がして、胸の中でわだかまっていた不安がなくなった。

君といつまでも手を繋いでいられたらってーー。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
でも……本当は
九井原 夕莉
九井原 夕莉
最初から一人ぼっちだったんだよね
叶わない幸せだと分かってたはずなのに、手にした気になっていただけ。

ほんの少しの間の、優しい夢。

九井原 夕莉
九井原 夕莉
そうだよね、だって――私はどこまでいっても食人鬼なんだから
水を取りに行くためにバケツを持って沢に向かう。

たまに皐月ねえに生活用品を持ってきてもらって、それ以外は基本的に自給自足だ。

木々の間に揺れる光にあたると、そのほのかな温かさに彼の体温を思い出した。
緑の中に透き通った沢の水が流れていた。私は水面に近づき、バケツで冷たい水をそっとすくう。彼の瞳もどこまで透き通っていて、真実だけを宿していた。

ことあるごとに彼のことを思い出してしまって、私は苦笑する。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
もう、君と会うことはないのに――




















草木を踏み抜く音が聞こえて、私は顔を上げる。

思わず口から小さな吐息が漏れて、目の前の光景を疑った。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉……
かすれた声で名前を呼ばれて、痺れるような感覚が頭のてっぺんまで上ってきた。

彼の様相は少し薄汚れていて、土埃で頬がすすけ、服には木の葉がくっついている。ここまで来るのにかなり厳しい道程を辿ったのだろう。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……?
ぎゅっと喉奥が詰まって、目の端に涙が溜まる。
彼はすぐに私に駆け寄ってきて、沢の水で足下が濡れるのもお構いなしに抱きついてきた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どうして……どうして、ここが分かったの?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
もの凄く簡単なことだよ。ただ、探したんだ。ずっと
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ちょっと時間がかかっちゃったけど
人がここまで来るのはかなり難しいはずなのに、何の障害にもなっていないような口ぶりだった。
森の中を闇雲に探すのが簡単なはずがない。全てをかけて彼はここを探してくれたんだ。
嬉しくて彼の体を抱き返したい。でも、私は君を受け入れるわけにはいかなかった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私は……君とお別れしたはずだよ? 君は人として生きるべきだって
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私は……生まれるべきじゃなかった生き物はこうやってひっそり死んでいくしかないんだよ……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どうして……来ちゃったの?
この胸に湧き上がる熱が、食人鬼としての衝動なのか彼を愛おしむ気持ちなのか分からなかった。

ただ、今までにないくらい胸の奥が燃えるように熱くて、抑えきれない感情が目からポロポロと溢れた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そんなの、お前が勝手に決めたことだろ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
だから、俺も勝手に来た
痛いほど抱きしめられて、彼の中に閉じ込められる。彼と一つになってしまいそうなほど、強い抱擁だった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
お前だけが……一人になるんじゃないんだぞ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
生まれるべきじゃなかった……なんて言ってほしくなかった
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺は君を肯定したい。例えこの世界のすべてが否定しても、俺だけは君を認められる人でいたい
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
まだ夕莉と一緒にいたいんた。例えどんな結末になっても受け入れる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
悲劇に怯え続けるのは、もう嫌なんだ。どんな運命でも夕莉と一緒なら、それでいい
上嶋くんは私を見つめて、そっと頬を撫でる。海よりも宇宙よりも深い、黒い瞳を向けられると私は何も言えなくなる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺は諦めるつもりなんてないよ。だから、これからも一緒にいるための方法を探そう
そう言って上嶋くんは優しく微笑んだ。
大好きで、私が一番安心する表情。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どうして、そんなに融通が利かないかな……
固く閉ざしていたはずの心が、開いていく音がした。
何の保証もなくて、不確定。
不安な未来ばかりが広がってるはずなのに、彼はどうしてそんなに澄み切った目をしていられるんだろう。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私は……不安でたまらない。未来が怖くて仕方ないよ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉、俺だって未来は分からないよ。方法が見つかるとは言えない。不確定なことばかりだけどーー
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺の想いだけは、絶対だって信じてほしい
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
絶対のない世界や未来が怖くてもーー俺だけは信じていて
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……
私はーー不安な未来ばかりを描いていた。

だけど、彼は今の私をずっと見ていたのだ。

常に未来が訪れる今を、ずっと受け入れて、つまづいても考えて、傷ついても手を伸ばして、進んでいくのだと。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
君のその顔、やっぱり好きだな……
私はおそるおそる彼の背中に手を回して、その温度を確かめる。

何度も離しては、また戻ってくる温度。

悲しくても、怖くても、やっぱり君を離したくない。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
相変わらず、面喰いだな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うん、例え君がお爺ちゃんになっても見ていたい
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……本気だな?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……もう、これからずっと離してやらないから
上嶋くんは私の頭を撫でて微笑むと、そっと唇を重ねた。


とても熱い、血潮の温度。

これからも、きっと何度もこの唇の温度を感じるのだろう。

君の熱と私の冷たさが溶け合って一つになる。
ーーその温度は、陽だまりと同じ温かさをしていた。















◆◆面喰い最終章 end◆◆