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第10話

月の光が届かない場所で
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
――おまえが、俺の妹を殺したのか?
上嶋くんの手が私の首を強く絞め上げる。

私の手を握ってくれた手、私の頭を優しく撫でてくれた手。

何度も私を救ってくれた手のひらが、今は私を苦しめている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あっ……ぐっ……
息ができないほど首を締め付けられて、喘ぐことしかできない。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(まさか……皐月ねえとの会話、聞かれてた?)
あの時、扉が開いたのは気のせいだと私は少し安心した。でも実際は、上嶋くんは皐月ねえの話で確信してしまったんだ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……ぅ、して
目の前にかけられた白いヴェールのせいで上嶋くんの顔が見えない。

彼の手にさらに力が込められて、地面からかかとが浮かぶ。酸欠で頭がぼうっとして、声も出せなくなる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私、このまま上嶋くんに殺される?)
人の力くらい簡単に引き剥がせるはずなのに、全く体に力が入らない。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(本当に、私が殺したの?)
記憶にない罪悪感が私を蝕んで虚脱させる。

もし、本当にそうだったら――私は、彼に恨まれても仕方ない。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(でも、こんな最後嫌だな……)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(君に憎まれて、嫌われて……)
今まさに私の命を奪おうとする彼の手に、私は自らの手を重ねようとする。

この手の温度が、いつも私を安心させた。ここにいていいと言われているような気がした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ああ、この大好きな手のひらに私は殺されるんだ)
白い、薄い霧がかかったような視界。繭の中にいるような錯覚。

レースの生地の向こう側にいる君は、一体どんな顔をしているんだろう。



優しい微笑みの面影も消えて、憎悪を煮詰めたような顔をして、私を睨みつけているんだろうか。

たとえ、底のない怒りを向けられていたとしても。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(君の顔が見えないのは、さみしいなぁ……)
息苦しさから逃れるようにのけぞると、顔にかかっていたヴェールがひらりと落ちた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……あ
ようやく目にした彼の顔は怒りや憎しみに染まったものではなく――

――苦しみに顔を歪めて、幾つもの涙を頬に流す、深い悲しみが刻まれたものだった。



月の光で涙が輝いて、流れ星のようにぽろぽろと落ちていく。
真っ黒な夜空のような上嶋くんの瞳から落ちる涙が、彼の光を奪っていくようだった。

私の首を締める力がだんだんと弱まり、私は大きく咳き込んでやっと息ができるようになる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
どうして……
上嶋くんは私の首から手を離して、虚ろに問いかける。彼は自分が泣いていることにすら気が付かないほど、呆然としていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺は……


彼は震える手のひらを見つめた後、床に落ちた赤黒い生地に視線を落とす。

俯いた彼は何も言わずに、私に背を向けて走り出した。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うえしまく……
彼を呼び止めようとしたが、途中で声が出なくなってしまう。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私は、彼を呼び止められる立場なの?)
床の赤黒い布切れに、視線が吸い込まれる。

可愛らしい、ひまわりの柄をしたワンピースだったのに、血が染み込んで決して元に戻らないくすんだ色になってしまった。



上嶋くんは教会を飛び出して、私一人だけが神様が見守っていた場所に取り戻される。

月が雲で隠れて、何の光も教会に届かなくなった。

私は崩れ落ちるようにその場に跪いて、自分の首に手をあてる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
こんな……ことって
神様のいない教会で、私は自分の首を絞めながら、食人鬼に生まれた運命を呪った。




















◆◆◆◆
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
はぁっ……はぁっ……
月明かりすら届かない暗い森の中を、俺はひたすらに走っていた。

どこに行くかなんて、分からない。ただ、走っていないとおかしくなってしまいそうな気がした。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
(どうして、なんで、いやきっと何かの間違いだ、嘘だ、ずっと騙されてた、違う、好きなのに、許さない、なんで)
頭の中で言葉が渦のように回る、回る。
ぐるぐる、ぐるぐる。
抑えきれない悲しみ、憎しみ、怒り、愛情、全てが溢れ出して爆発しそうだった。

頬に冷たいものが流れる。幾つも、幾つも、自分の顔を濡らす。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
はぁっ……
息切れを起こして、立ちふさがる大きな木に手を当てた。肩で呼吸をして、何度もえずきそうになる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺は……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
どうすれば……
ずっと追ってきた復讐の相手が、俺が好きになった人、大切な人だったなんて。

憎悪と愛情が胸の中で混ざり合って、気持ちが悪い。

脳裏には妹の姿と、夕莉の顔が交互に浮かぶ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
くそっ……くそっ!
硬い木の表皮を拳で殴り続ける。拳から血が出て木を赤く汚した。

血がついた手から目を離せない。指先が震え出して、血液がぽたりと地面に落ちる。

木に寄りかかるようにして、ずるずると背中を擦り付けながら俺は座り込んだ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺は……
能美川 明梨
能美川 明梨
大丈夫?
誰かの声に、重い頭をゆっくりと上げると見覚えのある人物がそこにいた。
能美川 明梨
能美川 明梨
かわいそうに……でも、大丈夫
能美川 明梨
能美川 明梨
私が、貴方を導いてあげるから
彼女の三日月のように細まった目に吸い込まれそうになる。いつの間にか、彼女は俺の目の前まで近づいてきていた。

俺に彼女は白い手のひらを差し伸べる。
暗い森の中で、彼女の手だけが白く、薄い光を発しているように見えた。
能美川 明梨
能美川 明梨
私、あなたのこと全部知ってる。あの子が何をしてきたかも分かってる
能美川 明梨
能美川 明梨
だから……安心して。あなたは、一人ぼっちじゃないわ
そう言われたのがなんだか懐かしいような気がして、俺は彼女の差し出した手に、腕を伸ばしてしまった。