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第5話

化物の手じゃ君を抱きしめられない
押さえつけていた感情が解き放たれるような感覚だった。

ブチリ、と繋がれていた紐が切れて自由に動けるようになったような。

悲しみ、怒り、苦しみ、負の感情が全て混ざり合って、体中の血液が煮え立つ。


全部、許せない。

上嶋くんを傷つけるものも、私達の過酷な運命も――

――全部、全部壊してやる。
九井原 皐月
九井原 皐月
夕莉、早く車に……きゃっ!?
私を車に乗せようとしていた皐月ねえを突き飛ばして、私は上嶋くんの方に走り出す。


全身の筋肉が躍動し、出血しているはずの肩からは痛みを感じなかった。


塀の向こうで、ぐったりとしている上嶋くんの首根っこを掴む陽翔くんが見える。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……う
陸下 陽翔
陸下 陽翔
ようやく大人しくなったね。一緒に来てもらうよ――
陽翔くんが上嶋くんの首を締め気絶させようとした時。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
――させない
陸下 陽翔
陸下 陽翔
……な
私は一瞬で塀を飛び越え、着地と同時に陽翔くんの腕を掴んでいた。

そのまま上嶋くんから引き剥がし、力任せに彼を投げ飛ばす。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
やああああああああっ!!
陸下 陽翔
陸下 陽翔
うわぁあああっ!!
ブン、と風を切って彼を地面に叩きつけ、私はそのまま宙に飛んで彼の頭目掛けて踵落としをした。
ドスンッッ
陸下 陽翔
陸下 陽翔
っ……は
受け身を取った陽翔くんはすんでの所で私の足を避け、息を飲む。陽翔くんはすぐ懐から銃を取り出した。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
くそっ……!
私が手刀で彼の手をなぎ払うと黒い銃身は弧を描いて飛んでった。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
いっ……ぐああっ!
軽く叩いただけなのに、骨が折れたのだろうか陽翔くんはくぐもった喘ぎ声を上げて手首を庇った。

私は彼が怯んだ隙に、彼の首を片手で締め上げる。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
あっ……は、っぐ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ねえ、どうして……?
彼を締める手には血管が浮き上がり、爪が彼の首に突き刺さる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どうして、私達の邪魔をするの?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私達が何をしたって言うの?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どうして三好先輩があんな目に遭わなくちゃいけないの?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……今度は
陽翔くんは恐怖と苦しみで青白くなった顔を歪め、陸に上った魚のようにぱくぱくと開く口からは潰れた声が漏れる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんを傷つけて……
興奮で滾った血が頭に上って、ぎりぎりと歯ぎしりをする。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ゆ……うり、ダメだ
上嶋くんが何か言ったような気がした。でも、今の私には届かない。

目の前を一面血の海で真っ赤に染めるくらい、陽翔くんを喰い千切ってやりたい。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
お前がっ……お前が!
彼の首筋から流れた血が私の手を濡らす。

命乞いだろうか、陽翔くんは何かを求めるように腕を伸ばした。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
っは……は
一つ一つ体に穴を開けて、肉を食いちぎって、元の形が分からなくなるくらいズタズタに引き裂いてやる。

そう思って彼の息の根を止めようとしたとき。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
あ……
陸下 陽翔
陸下 陽翔
……ぁ、……り
濁った目を彷徨わせながら、彼はどこにも届かない手を伸ばす。
焦点の定まらない目からは涙が流れ、息もまともに出来ない口から彼女の名前を呼んだ。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
あ……かり……
私はこの悲痛な声に覚えがあった。

上嶋くんが私を呼んだときもあったし、私が上嶋くんをそう呼んだときもあった。

ああ、これは――人が何よりも愛するものを呼ぶ時の声だ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ……
スゥーッと胸が冷えていった私は手の力を抜き、陽翔くんを開放する。

どさりと、陽翔くんはそのまま地面に放り出されて急な喉の弛緩に咳き込んだ。

体熱が急激に冷やされて、震え出す。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私――今)
過呼吸のような浅い息を繰り返して、私は上嶋くんにゆっくりと近づいた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉……?
上嶋くんは塀に寄りかかって怪我をした腕を抱えていた。
確かめるように震える声で私の名前を呼ぶ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん、もう大丈夫だよ
私は息を荒くしながら上嶋くんの前で跪き、安心させたくて彼の頬を撫でる。

指先の血が、彼の白い頬を汚した。

私は切り傷から血が溢れる彼の腕を取る。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
けが……してる
上嶋くんの傷口に、私はキスをした。口内に広がるしびれるような甘い味。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ゆ、うり……
一滴も零さないように私は彼を引き寄せて、腕を押さえて血を舐め取る。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉、やめ……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
血が……止まらない
どうしてだろう。上嶋くんの血を止めたいのに、次から次へと溢れだしてくる。

私は彼の腕に絡みついて、彼の血をすくい取り続けた。
早く、止めなきゃ。

全部、綺麗にして――
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……っやめてくれ!
上嶋くんに力任せに突き飛ばされて、私は背中を地面に打ちつけられた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……どうして?
だけど、起き上がってすぐにその理由が分かった。

上嶋くんは寒さに凍えるような不規則な呼吸を繰り返し、その腕は幾つもの切り傷が増えて血まみれになっていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……あ
自らの手を前に掲げると、べっとりと赤い血液が付着していた。

まるで獣のように鋭く、長くなった爪からは血が滴っている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
わたし、は……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……ゆ、うりだよな?
恐怖と痛みが滲んだ彼の瞳には――



私の姿が映っていて――



闇の中で赤い瞳が爛々と輝き血を纏った
――まるで化け物ような姿だった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
いや……いやぁぁぁぁぁぁ!
自分の体を抱いて、私は叫び声を上げた。

抱きしめれば抱きしめるほど鋭い爪が自分の体に食い込む。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私、化け物になっちゃったの?)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(こんな手じゃ、上嶋くんを抱きしめることもできない)
平衡感覚がなくなって、ぐるぐると頭の中がシェイクされるような感じがする。
九井原 皐月
九井原 皐月
……うり!
目の前が真っ暗になっていって、音も感覚も、まるで眠りに落ちる前みたいに全てが遠くなっていった。


これから先も私が食人鬼であるかぎり、上嶋くんを傷つけ続ける。


まるで何度もうなされる終わらない悪夢みたいに。

夢なら、覚めてほしい。

終わらない悪夢の中で、君と手をつなぐこともできないのなら。

















九井原 皐月
九井原 皐月
……
九井原 皐月
九井原 皐月
そろそろ言わないとね……
夕莉に、ずっと隠してきたこと
冷たい闇に落ちていく中で、誰かのぬくもりがそっと私の頬を撫でた気がした。