学校の昼休み、ざわざわと騒がしい教室。
机を突き合わせて、私は親友の美空と昼食を食べながらお喋りをしていた。
あははと美空に笑われて、私はちょっと恥ずかしくなった。
大人しくレモン牛乳のストローに口を付けて、焼きそばパンをかじる。
食人鬼なんて、ずいぶん物騒な言葉だなあ。
また美空とお互いに笑い合う。授業はだるいけど、友達との楽しい昼休みの時間があるのが救いだ。
日常になりすぎて退屈と呼ぶのも飽きた学校の生活は、ゆるやかなようで、実はあっという間に過ぎてしまう。
それなりに楽しくて、充足していて、だけどちょっと物足りなさがあるような、平均点の青春。
窓の方に勢いよく体ごと視線を向ける。
開いた窓から、早々に昼食を済ませたであろう男子たちが校庭を駆け抜けていくのが見えた。
レースカーテンが窓辺で揺れている。日当たりがよく、授業中にうたた寝したら気持ちよさそうな席。
私は窓辺の席を指差す。美空は首を傾げて言った。
窓から入ってきた風で、カーテンが大きくなびいて白い透明な波が窓辺の席を包み込む。
海の波が引く時のように、カーテンが静かに窓際に戻っていった。
窓辺の席には誰も居ない。
ゆらゆらと透明なカーテンだけが揺らめいている。
透けるほど色の薄いカーテンだからか、たまにその布地の輪郭が、夢の中のようにぼやけて見えた。
美空との会話を続けているうちに、ちょっとした違和感はすぐに忘れてしまった。
普通の女子高生なんてこんなものだよね。
細かいことより、目の前の友達とのお喋りの方が大事だ。
いいんだ、忘れてしまえば。
きっと、大したことじゃない。
だって、私。ちょっと物足りないけど普通に幸せだと思うから。
少し足りないことなんて、
きっと普通のことだと、思うからーー
◆◆◆◆
薄暗い洋館の中で、ろうそくの炎を頼りに俺は彼女を探す。
俺の大切な人――夕莉。
ずきずきする頭を押さえて、鉛のように重い体を引きずるようにして一歩一歩廊下を進む。
先の見えない長い廊下はぐにゃぐにゃと歪んで見えた。
謝って許されるようなことじゃない。
俺は、夕莉を酷く傷付けたんだ。
廊下の装飾が大きく見えたり、小さく見えたり。こういうのをなんと言ったか。
ああ、そうだ。
アリス・シンドローム。
物が通常より大きく見えたり小さく見えたりする、まるであの有名な童話のような現象が引き起こされる症候群。それを味わっているような気分だ。
どんなに悪夢のような現実でも、夢の中ですら逃げ場がなくても構わない。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。