第40話

幕引きは銃声よりも残酷な響きで
627
2020/10/06 14:47
能美川 明梨
能美川 明梨
さあ、『こっちに来て、幸寛』
彼女がかすれた声で名前を呼ぶ。上嶋くんは虚ろな表情のまま、肩を揺らしながら明梨の方に歩いていった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
そんな……上嶋くん、どうして
九井原 夕莉
九井原 夕莉
待って! 行ってはダメ!
能美川 明梨
能美川 明梨
もう無駄よ。幸寛は今、完全に私のものになった
立ち上がって彼を追いかけようとすると、体中に激痛が走り、足がもつれて転んでしまう。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うぐっ……こんな所で立ち止まってる場合じゃないのに……!

明梨は高笑いをしながら、上嶋くんを手招きする。喜んでいるのか泣いているのか分からないような笑い声が何度も耳にこだました。
能美川 明梨
能美川 明梨
私には……あなたしかいない。ずっとずっとずっと……あなたしかいなかったのよ
上嶋くんの背中が遠くなっていき、私は地面を這いつくばって手を伸ばす。

君を失いたくない――それでも、この手は君に届かない。
三好 修悟
三好 修悟
上嶋っ! お前何して……!
上嶋くんは迷いなく肘打ちを繰り出し、止めに入ろうとした三好先輩を容赦なく突き飛ばした。
三好 修悟
三好 修悟
ぐっ、上嶋……!
上嶋くんは彼女の前にたどり着き、明梨は恍惚に頬を染めながら両手を広げて彼を出迎える。
能美川 明梨
能美川 明梨
やっと……この時が来たのね……どれだけあなたを待ち焦がれていたか
明梨はうっとりと上嶋くんを見上げて、その体に触れる。手のひらから肩へ、白い首筋から頬に手を滑らせていく。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんっ……
この声が君にもう届かないとしても、叫び続ける。
君にどこにも行ってほしくない。誰のものにもなってほしくない。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……上嶋くん
明梨が上嶋くんを愛おしそうに抱きしめる。
私の大好きな人を、さも当然のことのように。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……
奪われた悔しさと悲しみと、恐怖と怒りと。
全ての感情がぐちゃぐちゃに混じり合って、崖下に突き落とされたような感覚になる。

絶望に飲み込まれて、私は暗闇の中で為す術もない――
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(本当に、もう何もできないの……?)
何度も呼んでいるはずなのに、上嶋くんは私の方を一度も振り返らなかった。
能美川 明梨
能美川 明梨
さあ、幸寛。これを私の首にかけて……
彼女は首にかかったペンダントを外して、上嶋くんに渡す。
能美川 明梨
能美川 明梨
夕莉のことも、あの子のことも忘れて……私のことだけを見て……
上嶋くんはペンダントを受け取り、じっと彼女を見据える。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(上嶋くん……!)
闇の中できらきらと光るペンダントを、上嶋くんは手に取ったーー



















ーーしかし、その金色の光は闇を裂くように落ちていった。
能美川 明梨
能美川 明梨
……え?
キン、と響いた落下音に明梨は顔を上げる。信じられないといった顔で、彼女は何度も瞬きを繰り返していた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……あんたの思い通りにはならない
能美川 明梨
能美川 明梨
!? 一体なぜ……!? 正気に戻るきっかけなんて……
上嶋君の右手からぽたりと赤い雫が滴る。見間違えようのない鮮烈な赤、目に焼き付くその色は紛れもない血の色だった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……抑制剤としては使えなかったけど、痛みで思い出せてよかった
能美川 明梨
能美川 明梨
まさか……注射器のガラス片を握りしめていたの?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
アンタの注意が逸れたからか、最初にかけられた拘束が解けたんだ。その間に拾っておいた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
二度目に操られたとき正気に戻れるようにな
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ちゃんと、夕莉の声も聞こえたよ
ありがとう
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……!
自らを傷つける方法なのに躊躇なく上嶋くんはそれを実行した。

そこまでして、上嶋くんは私の元に帰ってきてくれた。

この声が君に届く。それだけでこんなに嬉しい。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺はもう過去を振り返らない
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
それに、またアンタに囚われるのは御免だ
上嶋くんがペンダントを踏み抜き、太陽の形をした花の装飾が砕け散る。

本来は上嶋くんの妹が持っていたはずのペンダント――細かくなった花びらがきらりと最後の輝きを見せた。
能美川 明梨
能美川 明梨
ああ……! 私の……!
明梨は割れた破片に飛びつき、急いでかき集め始める。細かすぎる破片はすくおうとするほど手から溢れ落ちていった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ここではっきり言わせてもらう
静かな口調で、上嶋くんは彼女に告げる。
無意味な冷たさを含ませないように、ゆっくりと。

子供に言い聞かせるような声音で、それでもはっきりと彼女に言った。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺が愛するのは、夕莉だけだ――

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