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第33話

語られないおとぎ話
小さな頃から、女王イヴとして相応しくなれるよう教育を受けてきた。
女王イヴとして完璧に。

それがお父様の口癖。
能美川 明梨
能美川 明梨
でも、嫌気が差していたの
能美川 明梨
能美川 明梨
一族の再興のことしか頭にないお父様に
表面的には従うふりをしていた。
そうしなければ、自分の居場所がなくなる。
特に、私の代はもう1人女王イヴがいるせいでーー。
人間を滅ぼそうとするお父様の話は非現実的で、夢物語のように見えた。
そして、つい笑って口が滑ってしまったの。
まるで、この間読んだ御伽話みたいだわと。
その発言を反発だと捉えたお父様は私に激昴し、折檻の末、外に放り出した。
もう二度と、戻ってくるなと言って。
本気ではないと分かっていた。
これは罰のひとつに過ぎないことも。
だけど森の中に放り出された私は、むしろチャンスだと思った。

いっそのこと遠くまで逃げてしまいたい。
お父様の手が、周りの大人たちの視線の届かないところへ。

私は禁忌を破って森を抜け、やっとの思いで山を下り、人の居住区の近くにたどり着いた。
一晩かけて鬱蒼とした森の中を抜け出したので、衣服や髪は泥で汚れ、手には断崖を降りた際に出来た傷がいくつもあった。
人の声が聞こえて、ふらふらと近づいていったのを覚えている。
能美川 明梨
能美川 明梨
幼い子供の声だった。
能美川 明梨
能美川 明梨
初めて生きている人間を見たわ。
茂みの中に隠れてそっと様子を伺うと、開けた空き地で複数の子供が何かを囲って叩いていた。
じっと観察すると、小さな男の子がうずくまっているのが分かった。
体躯の大きな子供に足蹴にされて、うめき声を上げすすり泣いている。
お父様の言う通り、人間は自分と違うものを排除しようとする醜い生き物なのかもしれない。
だけどその時、寄ってたかって1人を虐める人の子たちの姿が、お父様や私に期待する大人たちと重なって見えた。
一方的に自分の思い通りに踏みにじる者たちの前では、身を屈めて耐えるしかない。
能美川 明梨
あの子は、私だ。
そう思った瞬間、私は茂みを飛び出て、男の子の背中を踏みつけていた子供を突き飛ばしていた。
子供は跳ねるように転げて、地面で2回ほど回転し、土で汚した頬を引き攣らせて唖然としていた。
子供は摩擦で剥けた皮膚から垂れた血を見て、我に返ったように大泣きする。まるで化け物でも見たかのように、周りの子たちと一斉に逃げ出していった。
能美川 明梨
いっそのこと食べてやれば良かった….
ただ虫の居所が悪くてやっただけに過ぎない行為。
少しすっきりして、私はその場を立ち去ろうとした。
男の子
待って!
何とか絞り出されたようなか細い叫びに振り返ると、先程まで虐められていた男の子が駆け寄ってきた。
端正で、一瞬女の子かと思うような可愛らしい顔立ち。
涙で潤んだ瞳で、その子は私を見上げてきた。
男の子
助けてくれて、ありがとう! 君ってすごく強いんだね
恐怖の色に染まった瞳で逃げ出した人の子とは違う、純粋な羨望の眼差しに私は面食らってしまった。
能美川 明梨
君、わたしが怖くないの……?
お父様に言い聞かされてきたものとは、違う人間。私は戸惑いを隠せなかった。
男の子
怖い? かっこよかったよ。ヒーローみたいだった
男の子は自分は泣き虫だから、直ぐに虐められてしまうのだと情けなさそうに笑った。
細まった目元から一粒零れた涙が光って、白い頬が膨らんで愛らしい。
とくんと胸が鳴って、ぼろぼろの格好をした自分が急に恥ずかしくなった。
男の子は土がこびりつき傷跡で凹凸が出来た私の手を取って、黒い真珠みたいな目を向ける。
能美川 明梨
ダメ、泥がついていて汚いから…
男の子
どうして? 綺麗だよ。
男の子
僕を助けてくれた手だもの
彼は生傷と土だらけの手をしっかりと握って言った。
男の子
ありがとう、君は僕のヒーローだ。
陽光を浴びて細かなまつ毛が光って、その朗らかな微笑みが私に向けられた。

その時、真っ暗だった私の胸の中に朝日が差し込んだような気がしたのを覚えている。
男の子
僕は幸寛、
ねえヒーローさんの名前は?
そして私は初めて、人の手が温かいことを知ったの。