無料ケータイ小説ならプリ小説 byGMO

第3話

さよなら、放課後のあった日々
帰り道、夕暮れ空はほとんど夜色に侵食されていた。街灯や家の明かりがぽつり、ぽつりと灯っていく。



あの銃は佐那城先生に上嶋くんに渡してほしいと頼まれたものだったので、そのまま上嶋くんに預けた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
これをお前に向けることなんてないだろうけど
上嶋くんが当たり前のように言ってくれたのが心強かった。
帰り道はずっと手を繋いで、他愛もない会話を交わす。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんって、告白してきてから急に距離近くなったよね
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そうか? 好きな人の近くにいたいっていうのは自然な気持ちだと思うけど
九井原 夕莉
九井原 夕莉
好っ……(そんなさらっと言う人だったっけ!?)
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ははっ、顔真っ赤。
もうキスだってしたのに
九井原 夕莉
九井原 夕莉
っ!!……か、からかうなー!!
いたずらっぽく瞳を輝かせて楽しそうに笑う上嶋くんと、恥ずかしくて頬を膨らませながら彼を小突く私。

まるで放課後の帰り道みたいで、久しぶりに日常の一部に戻ったような気がした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(こんな風に、毎日が続いてほしい)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(だから……そのために)
マンションの前に着くと、腕を組んで塀に寄りかかっている佐那城先生がいた。
佐那城 悟
佐那城 悟
上嶋くん、君と話したいことがあるんだ
佐那城先生は、あの事件以来私達に協力してくれている。本人は「罪を償うため、大人としての責任を果たす」と言っていたが、まだ私は全面的には信用できない。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(皐月ねえが「何かあったら私が速攻でぶっ飛ばす」とは言ってるけど……)
結果的に、佐那城先生が ECO から私達を庇ってくれているから今は生活出来ているわけだし、他に何か大人の事情もあるのかもしれない。
佐那城 悟
佐那城 悟
大事な話だ……君のこれからの話だよ
佐那城 悟
佐那城 悟
それから、君が危惧してることに関してもね
佐那城先生の顔には以前の道化師のような仮面は張り付いていなかった。

上嶋くんは佐那城先生の前で渋い顔をしていたが、彼の一言で神妙な面持ちに変わった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……分かった
歩き出した佐那城先生に上嶋くんは付いて行った。そして、一度こちらを振り返る。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……夜、夕莉のところに行くから待ってて
九井原 夕莉
九井原 夕莉
えっ?
突然の発言に、私はついドキッとした。

上嶋くんは私を真っ直ぐ見据えて言葉を放つと、さっと体を翻して行ってしまう。

彼らの影はあっと言う間に遠くなっていった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(……二人は一体何を話すんだろう)
上嶋くんが何か私のために動いてくれていることだけはなんとなく分かる。

でも、さっきの言葉はどういう意味なんだろう。

二人の背中を見送って一人道端に取り残された私は、ふぅっと深呼吸をする。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(……上嶋くんに寄りかかってばっかりじゃダメだ)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私はもっと、強くなりたい)
上嶋くんが私の名前を夕暮れに咲く花のようだと言ってくれたことを思い出す。
地平線の向こうに沈んでいく太陽を眺めて、その眩しさに目を細めた。
杉本 美空
杉本 美空
……夕莉?
懐かしい声に振り返ると、スポーツタオルを首に巻いた美空が息を切らしていた。白いTシャツに体操着の短パンなのでジョギング中だったのだろうか。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
美空、久しぶり……ってうわっ!
杉本 美空
杉本 美空
夕莉~! 会いたかったよ!
ばっと、飼い主が帰ってきた犬のような勢いで美空は私に抱きついた。むぎゅーっとかわいい擬音が聞こえそうなほど美空は擦り寄ってくる。
杉本 美空
杉本 美空
この夏休み、全然連絡とれないからさ。
今日は夕莉の家まで走ってみようと思って……会えてよかった
美空は屈託のない笑みを浮かべていた。
杉本 美空
杉本 美空
今年は暑かったのに、相変わらず色白だよね~羨ましいっ!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
さ、触られるとくすぐったいよ~っ
美空の健康的な小麦色の肌は太陽に焼かれてしょうゆせんべいのような色に近づいていた。

今がもっと明るい時間帯だったら、彼女の肌色は私の白身魚みたいな肌より、輝く汗に映えるだろう。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私は美空の方が羨ましいよ
杉本 美空
杉本 美空
ええ~!? 白い方がかわいいって!
美空とじゃれ合って、心がぽかぽかと温かくなる。彼女の元気さにはいつも励まされた。
杉本 美空
杉本 美空
新学期になったらさ、また朝一緒に登校しようよ
新学期、という言葉が胸に引っかかる。
さっきまでふざけ合って繋いでいた手が離れて、美空はほとんど沈んだ太陽に背を向けた。
杉本 美空
杉本 美空
新学期の朝、夕莉のこと迎えに行くからね!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あっ、美空待っ……
後ろを向いたまま小走りをして美空は私に手を振った。
杉本 美空
杉本 美空
また明日!
明日会わなくても、美空は笑ってそう言った。

きっと、私とまた新学期に会えると思って。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……また明日
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私も、未来を信じるって決めたんだ)
夜の世界と紙一重の黄昏を背に、美空は私に手を振り続けながら遠のいていった。













◆◆◆◆



家に帰ってシャワーを浴び、いつもよりゆっくりと浴槽に浸かった。

ずっと気落ちしてまともに身だしなみを整えられなかったのもあり、毛先が少しパサついていた。よく洗ってリンスをした髪をしっかりドライヤーをして、保湿する。


洗面所から窓を覗くと、すっかり夜になっていた。
夜に上嶋くんが訪ねてくると言っていたので、部屋着ではなく着心地の良いブラウスとスカートを着る。
リビングに戻ると皐月ねえが、散らかった部屋の中心で唸っていた。
九井原 皐月
九井原 皐月
うーん、これはいらないかしら……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
皐月ねえ……何してるの?
一瞬空き巣が入ったかと思うほど、部屋には乱雑に服や化粧品などが散らばっている。

皐月ねえの前には大きめのキャリーバックが開いていた。
九井原 皐月
九井原 皐月
あ……夕莉。これは……ちょっとね、旅支度
九井原 夕莉
九井原 夕莉
旅……
皐月ねえは困ったように笑いかけて私の肩を叩いた。

旅支度と皐月ねえの顔からこれから私たちが何をするのか分かってしまった。
九井原 皐月
九井原 皐月
……夕莉や上嶋くんのおかげでね、私も考え方が変わったの
九井原 皐月
九井原 皐月
私、夕莉に辛い思いをさせるくらいなら恋なんてさせたくないって思ってた
九井原 皐月
九井原 皐月
私達食人鬼の恋は叶わないって、ずっと決めつけていたの
九井原 皐月
九井原 皐月
でも、あなたたちを見て思ったの。もしかしたら……って
九井原 夕莉
九井原 夕莉
皐月ねえ……
九井原 皐月
九井原 皐月
って、なんだか恥ずかしいこと言っちゃったな、ハハ
皐月ねえは指先で髪の毛をいじって照れ笑いをする。
九井原 皐月
九井原 皐月
……これから、ちょっとの間。ここを離れることになるけど、いい?
ずっと、曖昧にしてきた言葉を皐月ねえははっきりと口にした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……うん。なんとなく、分かってた
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私も絶対に見つけたいんだ。上嶋くんと私が一緒にいられる方法
九井原 夕莉
九井原 夕莉
答えを見つけたら、またここに戻ってきたいから……
私も誤魔化さないで自分の思いを伝えた。私もやっと覚悟を決められたから。

上嶋くんが待っていてほしいと言った理由がここで、はっきりと分かった。

皐月ねえは目尻を下げて穏やかに微笑み、私を両腕で包み込んだ。
九井原 皐月
九井原 皐月
そうね、きっと……
皐月ねえは私の頬に顔を寄せて、祈るように呟いた。

唯一の家族のつながりを体で感じて、こんなに頼もしいことはないと私も皐月ねえの背中に手を回した。
九井原 皐月
九井原 皐月
おやすみ、夕莉




私もおやすみなさいと返事し、皐月ねえから名残惜しく離れて自分の部屋に向かった。






九井原 夕莉
九井原 夕莉
(きっと、明日にはこの街を出ていくことになるんだ)
窓のカーテンはピッタリと閉められており、レース越しに漏れる街灯の光が部屋を薄く照らしていた。

皐月ねえがベッドメイキングをしてくれた綺麗なシーツの上に私は寝転がる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(佐那城先生が上嶋くんを呼び出したってことは……私と一緒に行くのかどうかの決断を迫られてるのかもしれない)
上嶋くんは「夜に行くから待ってて」と言った。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(もし……来なかったら……)
ーーまた、お別れになるのかな。


佐那城先生は人間で、しかも食人鬼と恋をした時の辛さを知っている。

上嶋くんに気持ちを問いただすなら、これ以上説得力のある人はいないだろう。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(一緒に、探そうって言ってくれた)
でも、そこには先の見えない道が広がっていて手がかりも一つもない。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(上嶋くんは、分かってるのかな……日常に戻れなくなるってこと)
枕をぎゅうっと抱きしめて、不安を紛らわす。

普通の高校生として学校に行き、放課後には友達と喋ったり遊びに行ったり、そして家で温かい夕食を食べて安心して眠る。


そんな当たり前な日常が過ごせなくなるということ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(……私は、日常を無くしたくなかった)
でも私は食人鬼だから。もとより人の世界にいることが許されない生き物だ。


上嶋くんは私とは違う、人間だから。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(……だから、上嶋くんだけはここに残しても――)
その時、コンコンと窓を叩く音がした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……!?
ばっと飛び起きると、カーテンには人影が映っていた。

不安に駆られながらも、心待ちにしていた私はカーテンの隙間に手を入れて鍵を外す。


そう、つい鍵を開けてしまったのだ。


ガラリ、と窓が開いて風がカーテンをさらって舞い上がった。







窓の外にいたのは――












陸下 陽翔
陸下 陽翔
……こんばんは、夕莉さん
重々しい黒い装束とは対照的に明るい笑みを浮かべた"彼"だった。