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2021/12/08

第4話

かちまけ



 負けた。
 厳密には、誰に勝ったとか負けたとか、そういうのは全く関係ない競技。それが吹奏楽だと思う。そもそも、競技でもないかもしれない。みんなが勝手に優劣をつけるから競技のように感じるだけで、本当はこの大会も、ここに来た全員でただ音楽をたのしみましょうという名目なのかもしれない。けれどそれでも、負けたと思った。
「金賞、だったね」
 少しの明るさを孕んで聞こえる友達の声も、周囲の喜びと悲しみが混じった喧騒も、ここにある音という音の全て、煩わしくて耳を塞ぎたくなる。少なくとも喜ぶことなど出来そうもなかった。
「……うん。一応は、そうだね」
「ま、まぁ、県大会で金なんて、もうここ十年なかったって先生も言ってたし」
「でも、金賞県代表はここ二十年ない」
「え、そんなこと言ってたっけ?」
「調べた。いきたかったから」
「……そっか」
 二年生だからとか、まだあと一年あるとか、一切言われたくなかったから誰よりも頑張った。いや、ひとりを除いて、誰よりも。でも、それも慢心だったのかもしれない。頑張ったつもり、必死にやったつもり、一生懸命のつもり、そうだったかもしれない。
「朝日」
 この人は、いつになく涼しい顔で名前を呼んでくるこの人は、どう思っているのだろうか。この部活で一番、誰よりも一生懸命やっていたこの人は、今、何を考えているのだろうか。
「あ、先輩。あの、す……す」
「すみません禁止」
「すみ、き、禁止?」
「そう、禁止。言うなよ、分かったか?」
「い、言いません、けど……でも」
「でも、も禁止にするぞ?」
「え、じゃあなんにも喋れないじゃないですか」
「あ、笑った」
「え?」
 広いロビー。普段見ることもないような大きな池に囲まれた建物の中の、いかにも高級そうな絨毯の上。先輩はここに立って、三年間で何回もこのロビーを歩いて、でも、それでも一度も、ここで最後に写真を撮ってもらったことはない。この、大ホールの正面のドアを背に、先輩が笑顔で楽器を掲げたことは、その三年間で一度もない。今年も。なんで、ないのだろう。
「朝日、顔怖すぎるんだよ」
「……だって、悔しいですから」
「二年生なんだし、あと一年あるじゃん」
「……そういうの、嫌いです」
「知ってる。だから言った」

 だって、悔しいじゃん。

 この人も、悔しいのか。やはり、と思わないこともなかった。けれど、先輩の口から「悔しい」という言葉を聞けたことに意味があるような気がして、聞けたことに価値があるような気がして、それと同時に歯の奥が軋んだ。先輩は笑っていて、だからこそ今にも消えそうだった。
「金賞なんだから勝ってるって言ってもいいのに……別に、誰にも負けてなんていないのに、自信もって勝ったって言えないの、悔しいからさ」
 どこと勝負しているのか。誰と、何を競っているのか。音色か、ある意味での突拍子のなさか、それとも単純な技術力か。何をもって勝ちなのか。私は何も知らない、分からない。多分誰にも、これから先ずっと分からない。基準など生まれようがない。芸術の世界に、音楽の世界にある一定の基準など、あってたまるかと思う。
 それでも。
「……来年は、勝ちます」
 汚くも、勝利を求めてしまうのだろう。
「楽しみにしてるよ、朝日」
 重くのしかかるその瞳からの圧。肩が痛くなる錯覚とは裏腹に、少し楽しかった。
「はい」
 先輩は笑った。先ほどのそれとは全く別の、根の生えた笑顔。
「じゃあ、まだやめられないなぁ」
 やめる気など、さらさらないくせに。
 西日が直接差し込んでくるガラス張りの壁。大ホールの正面のドア、そのドアに施されている金の装飾は日の光に照らされていつになく目の痛かった。
 来年もここで、いや、来年こそは、ここで。