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2021/10/21

第2話

待ってるよ、


 溶けてしまいそうだ、と思ったのは初めてだった。特段暑かったわけではない。
「こっち、お花がいっぱい咲いてる」
 雪のしずくを見つめながらまるで虚空に話している君。そのままゆっくりと回ってきて、ついには僕を射る視線。向けられた笑顔はもはや薬物だった。現に僕は、少しずつ毒されている。よく回りもせず役に立たない頭はいっそう働かなくなった。これが老いなら幾らかましだっただろう。
「早く来てってば。こっち、こっち」
「待って」
 待って、と言って待ってくれるような君でないことは僕が一番分かっていた。けれど君に待っていてほしかった。僕は欲の深い男だとつくづく思う。特に君のこととなると、君が云々よりも僕の感情の方にばかり気をやってしまってだめだ。
「待ってるよ、ほら。ここで待ってる」
 少しずつ、小さな歩幅で進みながら、僕を待っていると言い張る君。揺れる赤。待っていない。それは、待っているとはいわない。
 僕は駆け出した。待たない君を追い越してしまいたくて。君を超えられれば、先に進める気がして。
 その白い肌を、超える。
「……待ってるよ」
 待っていてくれれば、君は。

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 ある男が、死んだ。
 彼はビルの屋上から転落したらしい。即死だった。靴は履いたまま、手には柵を飛び越えた時についたであろう傷が蓄えられていた。
 彼のいた屋上には彼の走ったあと。そしてその先に、小さな靴が片方だけ転がっていた。赤はくすんで、穴もある。随分と前から履き続けられたような、それか随分と前に履かなくなったような、低いヒールのみすぼらしい靴。けれど元々は綺麗な赤い靴だったと誰もが見て取ることの出来る上品さがあった。
 男の左の胸ポケットには、スノードロップ。別名、雪のしずく。もう少しで、この花の咲く季節だった。