『ガシッ、グンッ』
私の肩を掴むと、無理やり振り向かされる。
知らない40代ぐらいの男の人。
楽しそうに笑って、スルリと私の頬に触れた。
言葉にならない叫びが口から漏れる。
目は若干虚ろで、私の頬に触れた次は指の隙間に指を入り込ませ、
なんて言って、私の顔の前にかざした。
声が出ない。
恐怖で口がガチガチと細かく震える。
(た、助けて…だ、誰か、助け、て…)
振り解けない手の握力はどんどん強くなっていく。
あの時、生徒会室で彼に握られた手の感覚とは全く違う。
悪意に満ちた目が、手が、笑顔が…私を動けなくするのは容易だった。
『ドサッ』
腕に力が入らなくなって、肩からトートバッグがずり落ちた。
そんな事はお構い無しに、男の手が私が後ろで纏めた髪に触れ始める。
男の手がTシャツの襟元からゆっくりと入れ進められる。
(た、すけ、て)
こんな時だというのに、
何故か脳裏に彼の声を思い出して────
私は彼の名前を口にする事しか出来なくて。
男の手は依然として私の服の中へと向かう途中だ。
私が目を閉じて、精一杯に藻掻いた時だった。
『バキッ』
鈍い音が耳に飛び込んで、目の前の空気が横へと動いた。
ズザザッと地面が大きく擦れる音がした。
私が呼んでいた彼の声が聞こえた気がして、恐る恐る閉じていた瞼を上げた。
私よりもずっと高い背丈、大きな背中。
私の顔を見るなり、彼は困ったように笑う。
手首を掴まれて引き寄せられた私は、目の前の光景に驚く。
さっきまで私の前に居た男が、頬を抑えながら這い蹲っている。
ギロリと睨む男を無視して、私のトートバッグを拾い上げると、
即座に彼は私の手首を引いたまま走り出した。
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彼に連れられるまま、かなり遠い公園まで走ってきた。
私の手を優しく握ったまま自動販売機の前に来ると、「水、水。」と小銭を入れてボタンを押した。
『ガシャンッ』
周りに結露が付いたペットボトルを取り出し口から手に取る。
彼は私をベンチ座らせると、さっきの水のペットボトルを私に差し出した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!