彼の手が誘惑のように私の手首の上に這わされる。
(…)
『パシッ』
その手を私が払うと、彼は面白くないのか唇をキュッと結んだ。
この時間はどの門も閉まっている。
今はどこからも学校から出られない事を彼も思い出せば、思い止まるはずだ。
しかし、私が確信を持って言った言葉は彼の足にエンジンをかける事となる。
生徒会室の鍵を閉めた後、
職員室に鍵を返すと丁度本鈴がなった。
『グイッ』
私の腕を強引に掴むとそのまま門へと走り出す。
風を切って走り出す彼に、私の足は必死に動かす事しか出来なかった。
先導する彼が私に少しだけ顔を向けるなり、
私がよく知ってる悪い笑顔を見せた。
・
・
・
(優等生であるはずの私が授業すっぽかすなんて…)
彼の勢いに負けた私は学校から少し離れた例のドーナツチェーン店に来ていた。
勿論、
彼と一緒に。
(まさか、門を正面突破するなんて…しかも、正門。)
彼の正門突破劇の成功の鍵。
それは正門前の警備室に仲が良すぎる警備員さんが居たことだ。
彼と少し話した後、何の咎めもなく門を開けた。
あの瞬間、私の目が点になったのを覚えている。
(はぁ…)
満足そうな彼の表情が目に入ると、私の中で『油断大敵』というレッテルが貼られる。
“ 吉田 ハギ ” はやりたい事は率先して行うタイプの人間。
言わば、自由すぎる人間なのだ。
私とは相反するタイプ。
周りをキョロキョロする私を見て、彼はクスクス笑った。
彼は財布を取り出すと席を立つ。
彼は私の前に彼持参のノートパソコンを置くと、「どうぞ、使っていいよ。」と言った。
(…折角だし、仕事は仕上げてしまおう。ここまで来ちゃったし。)
私はさっきまで顧問から借りていたノートパソコンのデータをコピーしたUSBを差し込み、
彼がレジの方へと歩いていく姿をぼんやり見つめる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!