・
・
・
『カチッ…カチッカチッ、』
入学式で新入生と保護者に配布する資料の仕上げを終えた私は、今度はパワーポイントの確認へと移っていた。
何回かクリックボタンを押しながら、見にくい所や誤字、間違い等が無いか確認していく。
画面上のファイルを閉じた私が今度開くのは、新入生オリエンテーションのパワーポイント作成ファイルだ。
仕事がやってもやってもなかなか終わらない。
疲れた目をしばしばさせて、鼻をつまむように両目の間を押さえる。
(…)
さて、肝心の彼はというと、あれから実は一度も会ってない。
もうすぐ3時間は経つというのに。
(ハギがまさか誰かに襲われてるとか……無い…よね?)
あまりに帰って来ない彼の事が私の脳内でぐるぐる回り出す。
(無い無い……)
落ち着かせる為に手元のティーカップに手を伸ばした。
口元に運ぶと鼻から紅茶の茶葉の良い匂いが鼻から抜ける。
紅茶をコースターに戻した瞬間、
今度は後ろから甘い柔軟剤の匂いがした。
彼は私の首元からパソコンの画面を覗き見ると、
「あー…それか。」と零した。
私に覆い被さるように私の背中の方から操作する彼。
彼が少しでも動くとふわふわと良い匂いがする。
(可愛いどころか、見やすいし早いし完璧……)
スッと私の手から離れた彼は私の前の席へと進む。
私は「ありがとう。」とだけ添えると、キーボードに再び視線を落とす。
ふと顔を上げる。
そこには…
彼が “ 見せたいもの ” が漸く分かった。
ハギが席を外す前にも見た、人差し指を上に向けるサイン。
なんとも2階は美容室だったらしい。
私の目の前の彼に美しい金色のショートヘアは無く、
前よりも短くウルフカットにされて、
髪は優しい栗色に変わっていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!