靴を脱いでスタスタとこちらに向かう手には
黒いビニール袋を手に持っている。
目の前にしゃがんで
顔を覗きこまれながら優しく微笑みかけられると
昨日から一緒にいるはずなのに
彼の顔をこんなにマジマジと見るのが初めてだった。
切長の目が微笑むと更に細くなって
カーテンをまだ開けてないのに
彼の笑顔は暖かく照らされているように見えた。
ガーディガンを脱いで畳もうとすると
優しい声が聞こえる。
この人は笑顔もだけど
心も暖かい。
1人でいるときよりも
彼といるこの空間は心が落ち着く。
お礼を言って
借りたガーディガンに袖を通すと
ふふってまた微笑んだ。
出しっぱなしだった
スケッチブックを片付けてキッチンに向かうと
すぐに漂う
コーヒーの匂い。
両膝を抱えて座ると
膝を抱えた腕から僅かに香る
自分と違う洗剤の匂い。
差し出されたコーヒー
帰ってきた時に持っていたビニール袋からは
スコーンが出てきた。
一口齧ると
ふふってまた微笑んだ。
食べてる姿をこんなに見られるのは
気恥ずかしいものだ、、、、
彼との居心地がよくて
座ったところがお尻がくっついたように
自ら立ち上がろうとしない。
長居をするつもりではないけど
そう言ってくれてほっとしたㅎㅎ
首を傾げて
僅かに上がる口角は
少し私を揶揄っているように見える。
揶揄われたはずなのに
目を細めて微笑む彼を見ると
心が暖かくなる
この人といたら
この穏やかない気持ちが
ずっと続いてくれるかな、、、
なんて
初対面の人にこんな気持ちを抱く私は
どうかしているのだろうか。
どうかしている
いや、
どうかしていたからここに来れたんだ。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
食べ物とコーヒーをご馳走様になって、
食べ終わって帰ると言ったら
" 僕も出かける用事があるので "
って言われて一緒に彼の家を出た。
ちゃんと私が家に帰るか
見張られてるんだろうなㅎㅎ
この人はどこまで
善意の塊で作られているんだろう
そう見上げると彼と目が合って
ニコって微笑まれた。
試しにどこまで行くのか聞いてみようかな、、、
『 まもなく〇〇駅、〇〇駅に到着します 』
そんな矢先にアナウンスが流れた。
聞かなくてよかったんだと
言い聞かせるようなタイミング。
バッグを肩にかけ直しながら
そういう事だと思うようにしよう。
私はたぶん彼に何か期待しているものがある
電車のスピードが緩んで停車に向けている。
まさか、、、、
彼とまた会いたいと
自分で気づかない振りをして
きっと願っていたんだろう。
来週の金曜日
その日が来るのが待ち遠しい
そう思っていたはずなのに
木曜日の深夜1時
限界を迎えた私は同じ事を繰り返した。
この前と違うのは
向かう方向を把握している事。
そのせいもあって歩くスピードは迷う事なく進む
それなのにある場所で足が止まった。
何か起こる事を期待しているはずないのに
なぜか止まった。
人も通らないこの場所は
ただ波の音が遠くから聞こえる。
深い溜め息をついて
無機質でカンカンとなる音が聞こえて
顔を向けると
階段から降りてきた彼がいた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!