第6話

マリア
マリア
マリア
私はシスターのマリアです!
アザゼル
アザゼル
(それは一度聞いた)
マリア
マリア
この教会の管理を一任されています!
アザゼル
アザゼル
(全く管理されている状態には見えないのだが)
マリア
マリア
……実は今、嘘を吐きました
アザゼル
アザゼル
!?
マリア
マリア
シスター【見習い】のマリアです♪
アザゼル
アザゼル
(凄まじくどうでも良い)
女の緊張感ない笑顔に私は溜息を吐く。

初対面の時は夜だった上、ベールを被っていたので今一つ印象は薄いのだが。
今こうして向き合ってみると――。
アザゼル
アザゼル
(毛玉というより【毛刈りを待つ羊】といったところか)
ふわりとした髪と、大きな瞳。
そして人懐っこい笑顔が目を引く女だと思った。

しかしそんな外見的特徴を遥かに凌駕するのが、エキセントリックな発言と自由過ぎる行動だ。
マリア
マリア
さて、自己紹介も済んだので傷の手当てをしましょうか!
アザゼル
アザゼル
(自己紹介の自己完結……私の名を聞くつもりはないのか)
会話の噛み合わなさに私のストレスはじわじわと蓄積されていた。

そもそも、いくら慈善団体の末端構成員といえ『突然転がり込んで来た子供』を無条件に受け入れるだろうか?
身元を問うなり、詮索なりするものではないのか?

私の困惑に気付く事もなく、女は小首を傾げて見せた。
マリア
マリア
どうしましたか?
アザゼル
アザゼル
……名前
マリア
マリア
マリアです!アリアじゃなくてマ・リ・ア、ですよ!
アザゼル
アザゼル
それはわかってる
何故に何度も名乗ろうとするんだ、この女は。
見た目だけではなく、頭の中身まで羊並みなのだろうか。
他人事ながら些か心配だ。


――それはさておき。
アザゼル
アザゼル
俺の名前を聞かないのか?
私は羊頭に正体を晒すつもりはない。
これまでも常に名や身分を偽ってきた。

なので今回も適当に偽りを――。
マリア
マリア
みなまでいわずともわかっていますよ!
アザゼル
アザゼル
(……何故急に、これ見よがしの慈愛顔をするんだ?)
マリア
マリア
アレですよね?名前を覚えていないんですよね??
アザゼル
アザゼル
(どういう事だ)
マリア
マリア
大怪我をして数日昏睡だったんです、一時的な記憶の欠如も仕方ありません!
アザゼル
アザゼル
(本当にどういう事だ!?)
マリア
マリア
それとも辛い過去から逃れる為に、自身で記憶を封じてしまった……とかですか?
アザゼル
アザゼル
(記憶喪失設定は譲るつもりがないのか)
羊頭との会話に私の心は早々に挫かれた。
妄想癖が酷過ぎる。
アザゼル
アザゼル
(……まあ、好きにさせておこう)
下手に詮索をされるより、勝手な妄想をされてた方がいくばくか楽やも知れない。

そもそも所詮は私の身体と魔力が回復するまでの関係だ。
都合良く利用し、捨てる予定の相手にわざわざ歯向かう事もない。
アザゼル
アザゼル
…………
不意に先刻の涙が思い出された。

よくよく見れば私の身体には丁寧に包帯が巻かれているし、枕元には水桶とタオルが置いてある。
恐らくこの羊頭は己の寝床を私に譲り、懸命に看病をしてくれていたのだろう。

その点に関しては、素直に感謝をしていた。
私を教会に引き擦り込んで(図らずしも)仕留めようとしたのは罪深いが、結果的にはこの命を救ってくれた恩人である。
アザゼル
アザゼル
(私が回復した暁には元の姿でこの羊頭にも【至福の一時】を与えてやろう。そしてその後……)
私はちらと羊頭を見やる。

発言のクレイジーさはさておき、この女の魂は私がこれまで見て来た人間の中でも一際大きく美しい。
【珍味】とは違う、正真正銘の【極上品】だ。
最後に喰らう選択肢があっても悪くはない――。
マリア
マリア
そうだ、新しいお名前付けましょうか!
アザゼル
アザゼル
新しい名前……?
マリア
マリア
本当の名前を思い出すまでの仮の名前です!大丈夫、私にお任せあれ!子供の頃から友達にあだ名付けるの得意だったんですよ♪
アザゼル
アザゼル
(何が『お任せあれ』だ……嫌な予感しかしない)
【名】と【あだ名】を一括りにして考えている時点でお察しではないか。
珍名を付けられる事態だけは避けたい。
アザゼル
アザゼル
――ゼル
マリア
マリア
え?
アザゼル
アザゼル
名前はゼルで
先手必勝、先にいった者勝ちだ。
マリア
マリア
うーん、普通な名前ですね
アザゼル
アザゼル
普通がいいんだ
マリア
マリア
普通だけれど……ピッタリお似合いな感じ!素敵な名前ですよ!
羊頭はにこりと微笑む。

それにしても、何故私は真名の一部を名乗ってしまったのだろう。
自身の行動に私は密かに動揺をしていた。