見てくれはほぼ廃墟。
中に入ればネズミも快適、非の打ちどころがない汚部屋環境。
そんな場所に身を寄せてひと月が経過しようとしていた。
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奇怪な悲鳴を上げつつ、羊頭が私目掛けて駆け寄ってくる。
今の私は頭に頭巾、口元にはマスク代わりのハンカチ、そして手にはハタキという完璧な掃除スタイルだ。
悪名高き大悪魔アザゼルとしては、致命的なイメージダウン。
個人的には漆黒歴史。
己の姿が鏡に映るたび精神崩壊を起こし掛けるが、『今は子供の姿だからセーフ』という謎理論で自己暗示をしつつ掃除をしている所だった。
教会には寝室以外にキッチン・バス・トイレ・客室と居住に必要な部屋は一通り揃っている。
どれもそれなりに古めかしいが、使用出来ないわけではない。
ただどうしたものか、この寝室だけが断トツで汚い。
部屋の中は蜘蛛の巣と埃、そして羊頭の私物で埋め尽くされているのだ。
足の踏み場がない――というより、足を踏み入れてはいけない場所、といった所か。
唯一の空きスペースがベッドの上のみ、という体たらくぶりが嘆かわしい。
一事が万事。
永い時を生きてきたこの私が、羊頭の想像も付かない行動や発言に悉く振り回されている。
傷を癒すどころか心休まる時間すら無いに等しい。
――が、慣れると意外に心地良い生活なのもまた事実だった。
これが世にいう【堕落生活】というものなのかも知れない。
しかしこの埃とゴミだけは看過出来ない、してはいけない。
私はハタキの柄で足元に落ちている布きれを引っ掛けると、それを羊頭の鼻先に突き付けた。
羊頭は布きれを手に取ると、再び奇声を発する。
私はベッドから剥がしたシーツを丸め、羊頭に押し付けた。
そしてその背中をぐいぐいと押す。
私たちは寝室の入口で暫し揉み合い押し合いをした。
そんな不毛な争いを止めたのは、来客を知らせるチャイムだ。
古びた教会の真っ二つに割れた神像(応急処置済み)に祈りを捧げるもの好きがどれほど居るというのか。
むしろそれより可能性の高い【心当たり】が私にはあった。
羊頭はこれ幸いと洗濯物を私に押し付け、軽やかに階段を下りて行った。
私は洗濯物を寝室に放り投げると、階段の踊り場からそっと階下の様子を窺った。
――そして私の予感は的中する。
来客の声を聞いただけで私の皮膚は粟立ち、背中の傷が疼く。
忘れもしない、忘れられない、あの忌々しい悪魔祓いの声だった。
悪魔祓いは溜息を吐くと、羊頭に銃を向けた。
いつか見たデジャヴの様な光景に、私の身体は怒りで震えていた。
私は自問自答をする。
今、怒りに駆られ飛び出した所であの男には到底敵わないだろう。
刺し違えるどころか、返り討ちにあってお終いだ。
ならばこの教会から出て、何処かに身を隠すべきか?
そうすれば一先ず羊頭の身の潔白は証明される。
そして身体が回復した所で悪魔祓いを始末すれば良い。
それとも今すぐ羊頭の魂を喰らい、全開の力でもって悪魔祓いの首を掻き切ってしまうべきか?
そうすれば汚部屋に苛立つ事も、悪魔祓いに執拗に狙われる事もなくなる。
これまでの平穏で退屈な日々が戻るだけだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。