第2話

アザゼル
人間という生物は酷く醜悪で、愉快な存在だ。
その短い生涯の中で両手に抱え切れない程の【欲】を満たそうと、なり振り構わず足掻く。
そして合間に愛を語らい、時にその口で憎しみの呪詛を吐く。

私にとっては瞬き一回程度の【生】という時間に【業】を煮詰めて形作る稀有な存在。
そんな彼らの轍(わだち)を、私は【監視者】として永らく見続けて来た。 
そして知り得たのは『いかに文明が発達しようとも、その本質は不変である』という事実。
その儚さと強欲さが私にとっては愛しくもあり、滑稽でもある。

飽く事無き、偉大なる玩具だ。
そんな人間共の魂を堕とすのは、実に簡単な事。
彼らの【欲】をほんの一寸、爪先で突いてやれば良いだけだ。
特に【色】と【金】は絶大な効果を発揮する。
我々悪魔はそれを充分に心得ていた。


*****
広いホールは贅の限りを尽くした装飾が施され、さしずめ星空をも掻き消す光の洪水だ。
その中では楽団が奏でる美しい音楽が流れ、着飾った人間たちが談笑する。
俗にいう【社交場】とは、虚栄心と自己顕示欲がせめぎ合う場だ。
私はしばしばその場へ足を運ぶ。
アザゼル
アザゼル
(私が与えた知識をここまで発展させるとは……人間の【小器用さ】には感心させられる)
給仕の男から果実酒のグラスを受け取ると、私はゆっくりとホールを歩く。
名もなきセレブ
例の方がいらしたわ!
名もなきセレブ
今夜は幸運ですわね
名もなきセレブ
同性の私でも目を奪われてしまうよ
社交場に集う人間たちの囁きが耳に入って来るが、私は敢えて素知らぬフリをする。
下手に愛想を振り撒いて、くだらぬ会話に興じるつもりはない。

私が社交場を訪れる目的はひとつ、【人漁り】の為だった。
私が行う唯一の悪魔らしい悪魔の所業だ。
人間が食物から栄養を補給する様に、悪魔は人間の魂(場合によっては血肉)を喰らって糧とする。
私の様な【天使の成れ果て】は他の悪魔に比べ滅多な事で飢餓に陥る事はないが、所詮は悪魔。
戯れで魂を屠る。
アザゼル
アザゼル
(さて、今日の獲物はどれにしようか)
群衆をぐるりと見渡し、目ぼしい人間を探す。
私はそこらの餓鬼と違う。
獲物の品質にはこだわりたい性分なのだ。

最も好ましいのは【至高品】とも呼べる、清らかに輝く大きな魂。
しかしその様な至高品は滅多にお目に掛かれない。
なので獲物は専ら食べがいや堕としがいのあるもの。
もしくは――珍味的なもので妥協するのが常だった。

アザゼル
アザゼル
(……見付けた)
私の視線の先に、獲物になり得る素材が現れた。
それは賑やかしいホールの壁に寄掛かり、物憂げな表情をしている女だった。
眼帯はしているものの、他の女たちより頭ひとつは出ている見てくれ。
控え目な化粧とドレスだが、周囲に引けを取らない存在感がある。

そして何より、燃え上がる炎の如き魂――それは紛う事なき【珍味】ではないか。
アザゼル
アザゼル
……退屈を持て余しているのなら、私とご一緒しませんか?
声を掛けると女は少々驚いた様子で私を見上げ、そしてぎこちない笑顔を浮かべて見せた。
シャイな性格なのだろうか?
これまでの人間とは少々違う反応が新鮮で、それもまた私の食指を動かす。
眼帯の女
ええ、私で良ければ喜んで
アザゼル
アザゼル
では少し夜風にあたりながら、お話をしましょう
私は獲物の手を取り、外へと誘い出した。