さり気なくルシファーをディスる羊頭。
その傍らのテーブルにはいつもと変わらぬ質素な食事が三人分並べられていた。
一見すると普段の【野菜ぐつぐつ薄味スープ】にしか見えないのだが……確かに名前だけは特別感がある。
そして私とルシファー、そして羊頭はいつもより少し遅めの食事を始めた。
複雑な心境で私はスープを啜る。
一見すると和やかな夕食の風景に見えるが、実際は【悪魔二人と人間の食卓】という異常かつ非常識な状況だったりする。
ここに悪魔祓いが加われば完璧なる混沌が生まれていたことだろう。
私は【中々喉を通って行かないパンをスープで無理矢理流し込む作業】に没頭することにした。
*****
ルシファーは恍惚とした表情でマリアという存在を語り出す。
堕天した悪魔が奇跡を語る様は、私の目にはそれこそ異様な光景として映ったものだ。
ルシファーは仄暗い笑みを浮かべて見せた。
ルシファーは我々の様な堕天使と、純然たる悪魔を差別――いや、【区別】している様だった。
それはさておき、だ。
幼き頃から本人の知らぬ所といえ、悪魔に魂を狙われ続けてきたマリア。
例え成長した今でも魂は変わらずに悪魔を引き寄せることだろう。
にもかかわらず、何故聖域として機能不全に陥っているこの教会に彼女を一人置いたのか。
不可解でならなかった。
言うなり、突然ルシファーはくつくつと笑いだす。
あり得ない絵空事の様な話に聞こえるが、当事者が羊頭ならば話は別だ。
絵空事に真実味が帯びて来るから困る。
ルシファーはいつもの先生顔で微笑んで見せた。
――次の瞬間だ。
ルシファーの顔から、サッと微笑みが消えた。
真紅の瞳が私を見つめる――ただそれだけのことなのに、喉元に剣先を突き付けられたかの様な恐怖と絶望感が私を襲う。
【多少の心当たり】がある私は、極力平静を装って返事をする。
しかしそんな私の心中を見透かしているかの様に、ルシファーは言葉を続けた。
これでも私はかなり高位の悪魔である。
そんな私の処理を【手っ取り早い】【楽】と称するのは、この世界中を探してもこの男以外に居ないだろう。
そして悔しいかな、その発言通りの力の差が私とルシファーにはあった。
逆らえばこの男は何の躊躇いもなく私を殺すだろう。
眉ひとつ動かさず、何の感傷もなく。
ルシファーにとって足元に転がる私の躯など、路傍の石に等しい価値しかないハズだ。
かと言って、大人しく彼の命令に従うばかりも癪に障る。
暫し思索するも【解決策】が見当たらない。
仕方なく私は【次善策】を提案してみることにした。
戦相手に自分の手の内を明かすバカなど居るハズもない。
【勝負に乗る】か【舞台そのものから降りる】か。
私は選択を迫られていた。
*****
目の前で図太く食事を楽しんでいるルシファー。
私はさり気なくその様子を窺う。
先程の話し合いで決めた、唯一のルール。
それは【魔力は使わない】ということ。
所詮口約束、悪魔が律儀にルールを守るのか?と思われるかも知れない。
しか悪魔にとって【ルール】や【契約】は何より重要な意味がある。
まあ、悪魔の性質はさておきだ。
ルシファーとのこの勝負、秘策も得策もない私にとっては現状【負け戦確定】といっても過言ではない状況だった。
……考えただけでも胃が痛む。
マリアは空のスープ皿を受け取ると、いそいそと新たなスープを注ぎに行く。
その後姿を眺めながら、ルシファーはにこにこと微笑んでいた。
突然の口説きモードに私は危うくスープを噴き出しそうになる。
(そして何気に省かれている私という存在)
突然のルシファーのプロポーズに羊頭は動揺した様子もなく、自分の皿にもおかわりのスープを注ぎ始める。
ルシファーの言葉に羊頭は豪快に笑う。
――無知とは恐ろしいものだ。
いくらルシファーの正体を(多分)知らないといえ、泣く子も黙る魔王の求婚をさらりと聞き流した上に【若作りの中高年】扱いをするとは。
【人類史上最高の怖いもの知らず】の栄冠を贈ってやりたいくらいだ。
それにしても羊頭のこの対応を見る限り、勝負は私が懸念するほど不利ではない気もして来た。
しかしそんな淡い期待は、ルシファーの帰宅後に無残にも打ち砕かれる。
私の脳内は真っ白、眼前は真っ暗になった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。