第18話

食糧争奪戦
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2019/10/02 06:09
マリア
マリア
もー!二人とも遅い!スープ冷めちゃいますよ!?
先生
先生
ごめんね、お待たせ
マリア
マリア
ゼルくんもお腹減りましたよね?先生のお話はいつもいつも無駄に長くていけません……
先生
先生
こらこら
さり気なくルシファーをディスる羊頭。

その傍らのテーブルにはいつもと変わらぬ質素な食事が三人分並べられていた。
マリア
マリア
今日は先生がいらしたので【特製フン・パーツスープ】と山盛りのパンを用意しました!
ゼル
ゼル
フン・パー……?
一見すると普段の【野菜ぐつぐつ薄味スープ】にしか見えないのだが……確かに名前だけは特別感がある。

そして私とルシファー、そして羊頭はいつもより少し遅めの食事を始めた。
ゼル
ゼル
(……味もいつも通りじゃないか)
先生
先生
美味しいよ、マリア。懐かしい味だ
マリア
マリア
先生直伝の極秘レシピを忠実に守っていますからね!
ゼル
ゼル
(魔王直伝のレシピ……今更だがそんなもの口にして平気なのだろうか?)
複雑な心境で私はスープを啜る。

一見すると和やかな夕食の風景に見えるが、実際は【悪魔二人と人間の食卓】という異常かつ非常識な状況だったりする。
ここに悪魔祓いが加われば完璧なる混沌が生まれていたことだろう。


私は【中々喉を通って行かないパンをスープで無理矢理流し込む作業】に没頭することにした。


*****
先生
先生
マリアは私が偶々見付けた、何千・何万に一人の魂の持ち主。その【奇跡】を守り、味わう為だけに私は長らく辛抱をして来たのだ
ルシファーは恍惚とした表情でマリアという存在を語り出す。

堕天した悪魔が奇跡を語る様は、私の目にはそれこそ異様な光景として映ったものだ。
先生
先生
どんなに知性のない雑魚悪魔だって、マリアの魂に惹かれずにはいられまい……故に私がマリアと出逢った時は、それはそれは散々な有様だった。彼女の匂いに惹き付けられた有象無象共が群れをなして闊歩している状態
アザゼル
アザゼル
…………
先生
先生
それでも辛うじて彼女が無事だったのは、教会に隣接した孤児院で生活していたからに他ならない。神の加護に感謝しなければね
ルシファーは仄暗い笑みを浮かべて見せた。
アザゼル
アザゼル
そしてマリアに群がる悪魔たちを一掃して歩いたのが貴方、ということか
先生
先生
いかにも。
有象無象は暫し絶え間なく沸き続けたが、雑魚らの始末は簡単だった。どれほどの数が群れようと、奴らは虫けら以下の脳みそしか持ち合わせていないので聖域に近付いては勝手に自滅をして行く
アザゼル
アザゼル
…………
先生
先生
厄介なのはそれなりの力とそれなりの知能を持った、半端者・・・の存在だ。
【魔王】という立場上、表立って処分・・するわけにはいかず――しかし聖域ごときで片付く弱者でもない。正体を隠したまま奔走するのは実に面倒なものだったよ
アザゼル
アザゼル
【同胞に有情な魔王】だったのではないのか?
先生
先生
それはキミやべリアルの様な【古くからの友人】に対してだ。そこらの薄汚い悪魔と一括りに出来るものか
ルシファーは我々の様な堕天使と、純然たる悪魔を差別――いや、【区別】している様だった。

それはさておき、だ。
アザゼル
アザゼル
そこまでマリアの身を案じておきながら、何故こんな廃墟に彼女一人を住まわせている?
幼き頃から本人の知らぬ所といえ、悪魔に魂を狙われ続けてきたマリア。
例え成長した今でも魂は変わらずに悪魔を引き寄せることだろう。

にもかかわらず、何故聖域として機能不全に陥っているこの教会に彼女を一人置いたのか。
不可解でならなかった。
先生
先生
マリアがこの教会に住まう理由――キミは私の仕業だと思っているのか?
アザゼル
アザゼル
違うのか?
先生
先生
残念ながらその推測はハズレだ
言うなり、突然ルシファーはくつくつと笑いだす。
先生
先生
……マリアはシスターになって、中央の大聖堂で勤めることになった。流石の私も大聖堂へはおいそれ近寄れないので、暫しの別れを覚悟せざるを得なかったのだが……マリアときたら……
アザゼル
アザゼル
先生
先生
勤めを始めて二日目に礼拝堂のステンドグラスをぶち破り、三日目に聖母像を破壊したんだ……信じられるか?偶像崇拝の狂信者だって、よもや悪魔だって今日びそんな嫌がらせはしないだろうに
アザゼル
アザゼル
…………
あり得ない絵空事の様な話に聞こえるが、当事者が羊頭ならば話は別だ。
絵空事に真実味が帯びて来るから困る。
先生
先生
それらの事でマリアは査問会に掛けられ、温情の末に辿り着いたのがこの教会だ
アザゼル
アザゼル
(クビにならなかっただけマシ、ということか……)
先生
先生
あの時マリアはとても落ち込んでいたものだ、可哀想に……私としてはこの上ない好都合だったが
アザゼル
アザゼル
だからといって、こんな廃墟に女一人はいくら何でも不用心過ぎる
先生
先生
それは問題ない。
行く行くは私が同居するつもりだった、それに――
ルシファーはいつもの先生顔で微笑んで見せた。
先生
先生
当面の間マリアを守る【番犬】を一匹、置く予定だった
アザゼル
アザゼル
番犬……それが私、だと?
先生
先生
いや、偶々のタイミングでキミになっただけだ。他にも番犬のアテ・・はあった
アザゼル
アザゼル
アテ・・
先生
先生
そのことに関してはこれ以上話すこともないし、キミが知る必要もない
――次の瞬間だ。
ルシファーの顔から、サッと微笑みが消えた。
先生
先生
しかしキミを番犬に選んだことは【失敗】だったと後悔している
アザゼル
アザゼル
……どういう意味だ?
先生
先生
キミとマリアは近付き過ぎてしまった
アザゼル
アザゼル
真紅の瞳が私を見つめる――ただそれだけのことなのに、喉元に剣先を突き付けられたかの様な恐怖と絶望感が私を襲う。
先生
先生
いくらマリアたっての願いだったとはいえ、キミとマリアを会わせなければ良かった……まさかこんな短期間でマリアがあんなにも心を開くとは思わなかった
アザゼル
アザゼル
…………
先生
先生
マリアの口から『アザゼルに魂を捧げようと思った』と聞いた時は、正直肝を冷やした。いくらキミが積極的に人間の魂を喰らうタイプではないといえ、あんな【馳走たましい】を目の前に差し出されてみすみす見逃すことはあるまいよ
アザゼル
アザゼル
……そんなことはない
【多少の心当たり】がある私は、極力平静を装って返事をする。

しかしそんな私の心中を見透かしているかの様に、ルシファーは言葉を続けた。
先生
先生
悪魔の制欲ほど信じられない言葉はない……何せ私たちは【前科】があって悪魔に身を堕とした存在だからな
アザゼル
アザゼル
…………
先生
先生
だからそろそろ頃合いかと思ってね
アザゼル
アザゼル
それは私を殺すという宣言だろうか?
先生
先生
私的にはソレが一番手っ取り早くて楽なのだが、キミを始末してマリアに恨まれるのは避けたい……折角の魂が汚れてしまうからね
これでも私はかなり高位の悪魔である。
そんな私の処理を【手っ取り早い】【楽】と称するのは、この世界中を探してもこの男以外に居ないだろう。

そして悔しいかな、その発言通りの力の差が私とルシファーにはあった。
アザゼル
アザゼル
……では私にどうしろと?
先生
先生
忠実な番犬でも、鎖を切れば野に還るものだ
アザゼル
アザゼル
つまり私に【自発的に消えろ】と?
先生
先生
それが一番平和的な【提案】だが……どうする、アザゼル?
アザゼル
アザゼル
(ハナから【犬】に選択の余地など与えるつもりもないくせに……何処までも勝手な男だ)
逆らえばこの男は何の躊躇いもなく私を殺すだろう。
眉ひとつ動かさず、何の感傷もなく。
ルシファーにとって足元に転がる私の躯など、路傍の石に等しい価値しかないハズだ。

かと言って、大人しく彼の命令に従うばかりも癪に障る。
アザゼル
アザゼル
(はてさて、どうしたものやら……)
暫し思索するも【解決策】が見当たらない。

仕方なく私は【次善策】を提案してみることにした。
アザゼル
アザゼル
ルシファー……【犬】の処分は飼い主の意見を尊重した方が良いのではないか?
先生
先生
……【犬】の飼い主は私だと思っていたが?
アザゼル
アザゼル
違う、貴方は道端の捨て犬を【拾っただけ】の存在だ。実際に世話し、飼い慣らしたのは他でもないマリアではないか?
先生
先生
確かにそれも一理ある
アザゼル
アザゼル
だったら犬の所有権はマリアにあるハズだ
先生
先生
至極真っ当な意見だ、アザゼル――しかし却下だ。マリアが犬を手離すわけがない
アザゼル
アザゼル
だったら……
先生
先生
それでは【拾い主】と【犬】という立場を一度リセットし、対等な【男】として勝負しようじゃないか
アザゼル
アザゼル
……どういうことだ?
先生
先生
二者択一、マリアに私とアザゼルどちらを生涯のパートナーにするか選択させる
アザゼル
アザゼル
!!?
先生
先生
選ばれた方はマリアの傍に居続け、選ばれなかった方は潔く姿を消す。単純なルールだ
アザゼル
アザゼル
……やけに自信たっぷりなんだな
先生
先生
私にはこれまで時間を掛けて培って来たマリアの【信頼】、そして【秘策】がある
アザゼル
アザゼル
秘策?
先生
先生
それを簡単に明かすほど私も愚かではない
アザゼル
アザゼル
(それは御尤もだ)
戦相手に自分の手の内を明かすバカなど居るハズもない。
先生
先生
アザゼル、キミは先程『犬の所有権は飼い主にある』と言ったな……しかしその飼い主マリアの所有権は私にある。
しかし私はこうやってキミの【最後の悪あがき】に付き合おうとしているのだ。これ以上の譲歩はないと思ってくれ
アザゼル
アザゼル
…………
【勝負に乗る】か【舞台そのものから降りる】か。

私は選択を迫られていた。


*****
ゼル
ゼル
(あんなやり取りをした後で平然と食事が摂れる程、私の神経は図太くないんだ)
目の前で図太く食事を楽しんでいるルシファー。
私はさり気なくその様子を窺う。
ゼル
ゼル
(この男は勝算があって、勝負を吹っ掛けて来た……【秘策】とやらが重要な勝利の鍵なのだろう)
先程の話し合いで決めた、唯一のルール。
それは【魔力は使わない】ということ。

所詮口約束、悪魔が律儀にルールを守るのか?と思われるかも知れない。
しか悪魔にとって【ルール】や【契約】は何より重要な意味がある。


まあ、悪魔の性質はさておきだ。
ルシファーとのこの勝負、秘策も得策もない私にとっては現状【負け戦確定】といっても過言ではない状況だった。
……考えただけでも胃が痛む。
マリア
マリア
二人とも、スープのおかわりはいかがですか?
先生
先生
いただくよ
マリアは空のスープ皿を受け取ると、いそいそと新たなスープを注ぎに行く。

その後姿を眺めながら、ルシファーはにこにこと微笑んでいた。
先生
先生
平和だなあ……こうして食卓を囲っていると、まるでマリアと夫婦になったみたいで幸せだよ
ゼル
ゼル
!?
突然の口説きモードに私は危うくスープを噴き出しそうになる。
(そして何気に省かれている私という存在)
マリア
マリア
そうですね、家族って感じでイイ!
ゼル
ゼル
(出た、羊頭の必殺技【家族扱いガード】……この鉄壁をルシファーは破れるのか?)
先生
先生
いっそ本物の夫婦になってしまおうか、マリア
ゼル
ゼル
(直球ぶん投げて来たな!……てか、まさかこれが【秘策】ではないよな?)
マリア
マリア
えー、やぶさかではないですがー
ゼル
ゼル
(おいおい……)
突然のルシファーのプロポーズに羊頭は動揺した様子もなく、自分の皿にもおかわりのスープを注ぎ始める。
マリア
マリア
先生とは少々年齢が離れ過ぎていると思うんですよね
先生
先生
そうかな?私はこう見えてそこそこ若いつもりなのだけれど……
ルシファーの言葉に羊頭は豪快に笑う。
マリア
マリア
またまたー!もう何年の付き合いだと思ってるんです?
本当は若作りのオジサンのくせにー!
先生
先生
…………
ゼル
ゼル
…………
――無知とは恐ろしいものだ。

いくらルシファーの正体を(多分)知らないといえ、泣く子も黙る魔王の求婚をさらりと聞き流した上に【若作りの中高年】扱いをするとは。
【人類史上最高の怖いもの知らず】の栄冠を贈ってやりたいくらいだ。

それにしても羊頭のこの対応を見る限り、勝負は私が懸念するほど不利ではない気もして来た。
しかしそんな淡い期待は、ルシファーの帰宅後に無残にも打ち砕かれる。
マリア
マリア
ゼルくん、私たちの【家族ごっこ】そろそろ終わりにしませんか?
私の脳内は真っ白、眼前は真っ暗になった。

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